フライング単発 甲子夜話卷二十 36 今御家人、辻切思立の話
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。標題は「今(いまの)御家人(ごけんにん)、辻切(つぢぎり)思立(おもひたつ)の話(はなし)」と読んでおく。]
20-36
「近頃、御家人某(ぼう)の語りし。」
と傳聞す。
この人、
『辻切をして見ん。』
と思ひ立ち、或夜、廣德寺の前に往(ゆき)て待(まち)ゐたるが、さても人行(じんかう)、多く、切る間(ま)なきゆゑ、隱れて居(をり)たるに、やうやう、夜更(よふけ)て、人行も稀になるとき、一人、來たり。
『これぞ。』
と思(おもふ)うち、寺前(てらまへ)の溝(みぞ)ばたに、かゞみて、小便をするゆゑ、
『立(たち)あがりたらば、その所を、切らん。』
と、待(まち)ゐたるに、彼(かの)男、小便を、しまい[やぶちゃん注:ママ。]、念佛を、二、三遍、唱(となへ)たり。
御家人、これを聞き、
『何(い)かに。今、死ぬをも知らで、念佛唱(となふ)るを、切るも、むごきことなり。』
と思ふ意(こゝろ)、起りて、是(これ)をば、切らで、過(すぐ)したり。
さすれば、
「切る人も、丁度よきは、無きものなり。」
と云(いひ)しと。
■やぶちゃんの呟き
「廣德寺」東京都練馬区桜台にある臨済宗円満山広徳寺(グーグル・マップ・データ)。
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