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2023/12/15

フライング単発 甲子夜話卷三十 23 空中に人行を見し話

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]

 

30―23 空中(くうちゆう/そらなか)に人行(ゆく)を見し話

 五、六年前、或る席上にて、坊主衆某の語りしは、

「高松侯の世子、貞五郞の語られし。」

と云ふ。

――世子、幼時、矢の倉の邸(やしき)に住(すま)れしをり、風鳶(たこ)をあげて、樂(たのし)みゐられしに、遙(はるか)に空中を來(きた)るものあり。不審に見ゐたるが、近くなれば、人、倒(さかさま)になりて、兩足、天を指し、首は下になり、衣服、みな、まくれ下(さが)りて、頭手(かしらで)に被(かぶ)り、明白には見えざれど、女と覺ぼしく號叫(がうけう)する聲、よく聞へ[やぶちゃん注:ママ。]ける。

「これや、天狗の、人を摑(つまみ)て、空中を行き、天狗は見へ[やぶちゃん注:ママ。]ず、人のみ、見えしならん。」

と云はれし、とぞ。

 尤も、その傍(かたはら)にありし家臣等(ら)も、皆、見たり。――

と云ふ。

 これは、別事ながら、「池北偶談」にあるは、

『文登諸生畢夢求、九歲時、嬉於庭、時方午、天宇澄霽無ㇾ雲、見空中一婦人、乗白馬、華桂素帬、一小奴牽馬絡、自ㇾ北而南行、甚迂徐、漸遠乃不ㇾ見、予従姉居永清県、亦嘗於晴昼、仰見空中、一少女子美而艶粧、朱衣素帬、手揺団扇、自ㇾ南而北、久ㇾ之始没。』

 これは、仙の所爲か。

■やぶちゃんの呟き

「高松侯の世子、貞五郞」この名と、静山が没した翌年に第十代藩主となった(だから、ここでは『世子』とあるのである)松平頼胤(文化七(一八一一)年~明治一〇(一八七七)年)。静山より五十一年下である。

「矢の倉の邸」不詳。世子であるから、高松藩の江戸屋敷の一つとは思われる。

「池北偶談」清の詩人にして高級官僚であった王士禎(おう してい 一六三四年~一七一一年)の随筆。全二十六巻。「談故」・「談献」・「談芸」・「談異」の四項に分ける。当該話は「卷二十六」の「空中婦人」。「中國哲學書電子化計劃」のこちらから、影印本で視認出来る。訓読を試みる。

   *

 文登の諸生、畢夢求(ひつむきゆう)、九歲の時、庭に嬉(あそ)ぶ。時に方(まさ)に午(ひる)なり。天宇(てんう)、澄霽(ちやうせい)にして、雲、無し。空中を見るに、一婦人、白馬に乘り、華袿(くわけい)・素裙(そくん)にして、一小奴(しやうど)、馬絡(ばらく)を牽き、北よりして南す。行くこと甚だ徐(ゆる)し。漸(やうやう)遠(とほく)して、乃(すなは)ち、見えず。予が從姉(いとこ)の永淸縣に居(を)るも、亦、嘗(かつ)て晴(はれし)晝(ひる)に於いて、空中を仰見(あふぎみ)れば、一少女子の、美にして艷粧(えんさう)なる、朱衣(しゆい)素帬にして、手に團扇(うちは)を搖(ゆら)し、南よりして北す。之れ、久しくして、始めて沒す。

   *

「文登」地名か。現在の山東省威海市の市轄区文登区がある。「華袿」「袿」は漢語では「裾」・「袖」・「婦人の上衣」(本邦の平安貴族女性が一番上に着た「袿(うちかけ)」相当)・「長襦」(本邦の下着である「長襦袢」相当)の多様な意味がある。個人的には見上げているのだから、最後の「長襦」がいいと思ったが、それは、私のさもしい欲望故か。素直に華麗な上着としておく。しかも、「華」とあるのだから、非常に美しい色に染めたそれを連想してよかろう。「素帬」「帬」は「裙」に同じで、シンプルに白く美しいスカート状のもの。「馬絡」馬の手綱を頭部に繋げるための頭部の前後に装着するバンドの「頭絡」が原義であろうが、ここは「手綱」でよかろう。

 実は、この話、『柴田宵曲 續妖異博物館 「空を飛ぶ話」(4)』で紹介されており、そこでも私は既に訓読を行っているのだが、今回は、零から仕切り直しておいた。比較されたい。

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