譚海 卷之九 相州三浦の蜑海中に金を得たる事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
○相州みうら城の嶋[やぶちゃん注:城ヶ島のこと。]の蜑(あま)、水を、くゞり、「かけ硯(すずり)」を得たるもの有(あり)。[やぶちゃん注:「かけ硯」「懸け硯・掛け硯」で、掛け子(かけこ:箱の縁に掛けて、その中に嵌まるように作った平たい箱。抽斗(ひきだし))のある硯箱。掛け子には、硯・墨・水入れなどを入れ、その下の引き出しには小物などを入れる。「かけすずりばこ」とも言う。]
これは、破船の中に有(あり)たる物成(なる)べし。金子(きんす)、いかほど得たることにや、今に、その蜑の家はかづき[やぶちゃん注:潜水。]を業(なりはひ)としながら、田地、あまた、もちて、人に作らせて、ゆたかにて、あり。
岩のはざまに、かけすゞり、はさまれて、いくとしへたるとも、知らず、箱の面(おもて)に、ことごとく、貝の類(るゐ)、取付(とりつき)て、靑苔(あをごけ)、生(お)ひたれば、めにたつる蜑もなかりしに、この蜑、貝の付(つき)たるあはひに、引出(ひきだ)しの釻(くわん)[やぶちゃん注:引き手。]少しばかりあるを見付(みつけ)て、取(とり)て來(きた)ること、とぞ。
「破船の砌(みぎり)[やぶちゃん注:おり。場合。]ならば、寃魂(ゑんこん)のたたりも有(ある)べけれども、年へし事にて、何のさはりもなく、子孫、今に繁昌せり。しかしながら、天の賜(たまもの)なるべし。」
と、人の語りぬ。