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2024/01/01

譚海 卷十二 大黑天緣起の事(フライング公開) // 謹賀新年

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。なお、既にブログで述べたが、「国立国会図書館デジタルコレクション」は、一月四日まで、「NDLオンライン」へのログインが休止しているため、当該底本を視認出来ないことから、更新を中止している。一月五日に再開する。

 

○大黑天は、梵語に「マカキヤラ天」と稱す。「マカキヤラ」は「眞黑成(なる)事」也。中夜(ちゆうや)子(ね)の刻の「眞黑なる」に表(あらは)する故、子(ね)をもつて祭る事也。蓮葉(はすのは)に座し給ふ、儀軌(ぎき)の說なり。小机(こづくへ)に座し給ふは不空三藏の「南海儀軌傳」の說也。俵(たはら)に座し、槌を持(もち)給ふは傳敎大師感得の像也。前の二說には、つちの沙汰、なし。三面八臂は宇加神(うかじん)、辨才天を合體したるものにて、佛說には、見えず。

 又、日光山に「はしり大黑」と云ふあり。

 信受(しんじゆ)のもの、懈怠(おこたり)の心あれば、走り失せて、その家にましまさず、殊に靈驗(れいげん)ある事、おほし。

 これは、往古、中禪寺に、大(おほき)なる鼠、出(いで)て、諸經を喰ひ破り、害をなせし事ありしに、その鼠を、追ひたりしかば、下野(しもつけ)の「あしほ」まで、逃げたり。

 鼠の足に緖(を)を付けてとらへて死(しし)たるより、其所《そこ》を「あしほ」といふ、とぞ。

 「あしほ」は「あしを」なり。

 さて、死たる鼠の骸(むくろ)に、墨を塗りて、おすときは、その儘(まま)、大黑天の像になりたり。

 それより、日光山に、この鼠の死たる體(からだ)を重寶(ちようほう)して、納め置き、今、「はしり大黑」として、押出(おしいだ)す御影(みえい)は、これなり。

 彼(かの)山の祕事にて、不可思議なり。

[やぶちゃん注:「大黑天は、……」仏法の守護神。元来は、ヒンズー教の神で、密教では「大自在天」の化身とする。サンスクリット語で「マハーカーラ」の漢訳。日本の民間信仰では「大国主命」と習合し、頭巾を被り、袋を背負い、打ち出(で)の小槌を持つ福の神として「七福神」の一神となってもいる。大国主命は「オオナムチ」「オオナモチ」の名義を持つが、それは「大穴持」の文字でも書かれ、それは、「真っ暗闇の洞窟にいる神」を意味しており、強い親和性が認められる。また、大黒天像が、袋を背負い、米俵を踏まえた姿は、古代の農神の面影を伝えていて、西日本に於いて、大黒天が「田の神」として信仰されたのが、その証左とも思われる。

「儀軌」サンスクリット語「カルパ」(「規則」の義)の意漢訳の仏語。密教の経典に説かれた仏菩薩や、天部の供養及び念誦などの「儀式規則」を指し、また、転じて、これらを記した経典を指す。ここは最後の意。

「不空三藏」不空金剛(サンスクリット語:アモーガヴァジュラ 七〇五年~七七四年)は唐の涼州(一説にインド南部)出身の訳経僧。金剛智・善無畏によって齎された密教を唐に定着させた人物である。真言宗では「三蔵法師」の一人であることから、「不空三蔵」と尊称し、真言八祖の「付法の八祖」では第六祖、「伝持の八祖」では第四祖とする。

「南海儀軌傳」これは作者の誤り。同書は義浄(六三五年~七一三年)の作。唐代の僧で、法顕・玄奘の風を慕い、六七一年、広州から、海路でインドに渡り、ナーランダ(那爛陀)寺で仏教の奥義をきわめ、各地を遊歴の後、六九五年に梵本四百部を持って洛陽に帰還し、三蔵の号を受けた。「華厳経」や、唯識・密教などの仏典五十六部三百三十余巻を漢訳している。

「傳敎大師」最澄(天平神護二(七六六)年或いは神護景雲元(七六七)年~弘仁一三(八二二)年)の大師号。

「宇加神」「宇賀神」(うがじん)の表記が一般的。本邦で中世以降に、財を齎す福神として信仰された。神名の「宇賀」は、日本神話に登場する「宇迦之御魂神」(うかのみたま)に由来するものと一般的には考えられているが、別に仏教語で「財施」を意味する「宇迦耶(うがや)」に由来するという説もある。人頭蛇身で、蜷局(とぐろ)を巻く形で表わされ、頭部も、老翁や女性であったりと、像形は一様ではない。参照した当該ウィキによれば、元来は、『宇迦之御魂神などと同様に、穀霊神・福徳神として民間で信仰されていた神ではないかと推測されているが、両者には名前以外の共通性は乏しく、その出自は不明である。また、蛇神・龍神の化身とされることもあった』。『この蛇神は比叡山・延暦寺(天台宗)の教学に取り入れられ、仏教の神(天)である弁才天と習合』・『合体したとされ、この合一神は、宇賀弁才天とも呼ばれる』とある。

「はしり大黑」波之利大黒天(はしりだいこくてん)。当該ウィキによれば、『栃木県日光市に伝わる大黒天で、勝道上人が日光山を開く過程や、足尾の名称の由来など、日光地方の起源に登場する神のひとつである』。『「波之利」の名称の由来には、勝道上人が日光開山を祈願した折、大黒天が中禅寺湖の波の上に現れて勝道の願いを叶えたことに由来するといわれている』。『波之利大黒天は日光に伝わる以下の説話に登場し、それぞれ』、『中禅寺』、乃至。『宝増寺の大黒天像』、及び、『足尾の渡良瀬川橋梁(大黒橋)袂の大黒様として祭祀されている』。『中禅寺湖の大黒天』は、『勝道上人が男体山登頂を祈願した際、中禅寺湖の波の上に大黒天が現』わ『れ、事が成就したことから、勝道が湖畔に大黒天を祀ったとされる。現在の日光山輪王寺別院宝増寺、同中禅寺に伝わる大黒天像の由来である』。ここで語られてある『足尾の大黒天』は、『毎年』、『穂をくわえて』、『日光中宮祠に現れる白ネズミはどこから来るのか、これを確かめるために』、『勝道上人が』、『この白ネズミの足に紐(緒)を結わえて放ったところ、現在の足尾の村落に至ったことから、それ以来』、『この村落を「足緒」と呼ぶようになり、白ネズミが入った洞穴を修験の場に選び』、『大黒天とネズミを祀ったという。足尾の名称と、渡良瀬川橋梁(大黒橋)の袂に祀られる大黒様の由来である』(かなり本篇とは異なり、白鼠は神使扱いとなっている)。グーグル画像検索「波之利大黒天像 日光山 足尾」をリンクさせておく。]

 

 

謹賀新年 今年もよろしくお願い致します。

 私は、元々、元日を特異点として認識していない。

 教員時代の例式で、寧ろ、四月一日を人生の切れ目とする認識が強いとは言える。

 しかも、グレゴリオ暦の一月を「春」と認識する習慣も、全く、零(ゼロ)である。

 されば、私は、サイトのホーム・ページでも、「迎春」を掲げ、記念テクストを掲げるのを、永久にやめにする。

 因みに、年賀状も仕舞いとしたいが、三年ほど前に、古い教え子にその話をしたところ、最古層の元女生徒から、強く、「それは、絶対に! いけません!」と言われたので、来る者は拒まずとする。悪しからず。

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