柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「盗賊の刀」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
盗賊の刀【とうぞくのかたな】 〔耳囊巻五〕享保の頃の事とや。本多庚之助家中に、名字を聞きもらしぬ、恵兵衛と云へる、剛勇の男ありしが、或時夜に入り、程遠き在辺へ至り、帰りの節、稲村の内より、六尺有余の男出て、酒手《さかて》をこひし故、持合せ無ㇾ之由、断るを聞かず、大脇差を抜きて切懸けし故、抜打に切付けしに、塩梅よく一刀に切倒し候ゆゑ、早く刀を拭ひ納めて立帰りしが、右の袖手共にのり流れける故、さては手を負ひしと思ひ、月明りにて改め見しに、疵請けし事もなし。よくよくみれば、刀の束をこみともに、一寸計り切り落し有ㇾ之故、驚きて適(あつぱ)れの切れものと、不敵にも右の処へ立戻り、その辺を見しに、こみとも切れ候所も、その場所に落ちてありし故、ひろひとり、さるにても盗賊の所持せし刀、適れの名刀なりと、猶死骸を見しに、彼《かの》刀持ち居り候間、取納めて宿元へ立帰りしが、かゝる切《きれ》もの、いよいよためし見度《みたし》とて、主人屋敷にてためしものありし節、持参して試し給はるやう望みければ、則ちためさんと、彼刀を抜払ひ、つくつくと見て、さて珍しき刀かな、久しぶりにて見候なり、これは名刀なり、試すに及ばずと、彼ためしする者、殊の外賞美して、手に入りし訳尋ねける故、今は何をか隠さん、かくかくの事にて手に入りしと語りて、右刀には別にせんずわりといふ切名(きりめい)あるべしと、改めしに、果してその銘あり。これは切支丹御征罰の時、夥しく切りしに、中にもすぐれて、切身よかりしを、右の切銘を入れしとなり。かの殺されし盗賊は、権房五左衛門とて、北国に名ある強盗の由、久田若年の節、父のもの語りなりと咄しぬ。
[やぶちゃん注:私のものでは、底本違いで、「耳嚢 巻之六 得奇刄事」である。見られたい。]
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