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2023/12/16

フライング単発 甲子夜話卷十七 2 和漢とも今幽靈出る實話 / 16 今長崎の唐館、常に幽靈出る事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。二話は同巻の中で、分離して載るが、続きの形を採っているので、カップリングした。17-2は、後半に違う場所の霊譚が載るので、「*」を挿入した。]

 

17―2 和漢とも今幽靈出(いづ)る實話

 長崎の唐館(とうかん)には、人、死するごとに、幽靈、出ること、恆(つね)となりたり、と。

 唐商、これを患(うれ)ふれども、止まず。

 唐商のあげ置きたる娼婦の部屋に、常に來(きた)る商友あり。因(よつ)て、娼(しやう)も懇(ねんごろ)なりしが、唐客、死したるとき、二、三日目の夜に、その娼、少婢(しやうひ)と並び寢居(ねゐ)たれば、樓下(らうか)より、梯子(はしご)を上(のぼ)る履音(くつおと)のしたれば、怪しみ見たるに、かの新死(しんし)の唐人なり。

 娼、大(おほい)に恐れ、衾(ふすま)をかぶりて臥(ふせ)ゐたるが、その邊(あたり)を立𢌞りて、しばしして立去りぬ。

 故に、館中、新死のものありて、陰々と履聲(くつごゑ)あれば、處々のもの、起騷(おきさは)ぐ、と云ふ。

 狐狸の、靈供物(れいくもつ)、食ふ爲めに、人を欺(あざむ)くか。

 さにも非(あらざ)るは、彼(か)の館内の商(しやう)の部屋に、空屋(あきや)、一所(いつしよ)あり。兎角、幽靈、この内に出(いづ)るゆゑ、空處(あきや)となれり、と。

幽靈も、その存在のとき、貨物を多く持(もち)たる者の靈、度々(たびたび)現(あらは)る、となり。

   *

又、交代寄合(かうたいよりあひ)生駒氏の領邑(れういふ)は、羽州矢嶋なり。

 此處にても、新死のもの、幽靈となり出(いづ)ること、常なり。

 若(も)し出ざるものは、

「彼(かの)者は、生平(せいへい)、情(なさけ)薄き故、出(いで)ず。」

など、人々、罵(ののし)る。

 又、當主大内藏(おほくら)と云へるも、

「領地にて、幽靈を見し。」

と。

 傳へ聞く。

「その側勤(そばづと)めのものなりしが、その容(かたち)は、沒前に、少しも違(たが)はざれども、ただ、顏色、黯然(あんぜん)[やぶちゃん注:悲しみや絕望などで心が塞ぐさま。激しく氣落ちするさま。また、「黑いさま」の意もある。ハイブリッドに採ってよかろう。]、くしや〻〻[やぶちゃん注:ママ。「しや」を一字として採った踊り字であろう。]として、生人面(せいじんづら)の如くならず。總じて、人の見る所の幽靈、みな、如ㇾ此(かくのごとし)。」

と云(いふ)。

■やぶちゃんの呟き

「交代寄合」。旗本でありながら、領地に居住し、参勤交代を義務付けられた三十余家の旗本を指す。当該ウィキによれば、『交代寄合は領地に陣屋を構えて居住し、家老や代官を通じて領地を支配し、江戸には家老や留守居役以下江戸詰めの家臣を常駐させ、当主は参勤交代を行うという小規模ながら大名家と似た体制をとっていた』。『一般旗本が江戸在府であり』、『若年寄支配であるのに対し、交代寄合は領地に在住し』、『老中支配に属する。また江戸城における詰所も帝鑑間』(ていかんのま)『か柳間という大名級待遇だった』。『交代寄合が出来た理由について、小川恭一は「交代寄合が領地を賜っている時期は大坂の陣前後が多く、陣屋を構えている地域は交通の要衝であり、陣屋を構えるに当たっては寛政譜では、特に四衆には「山賊やキリシタンに備えよ」などの幕府からの指示が書かれていることが多い。つまり、交通の要衝に大身旗本と陣屋を配置して大坂方への備えとしたのであろう」と述べている』とあり、『交代寄合の禄高は最大で』八千『石(本堂家と生駒家)』(☜)『から』百二十『石(岩松家)、無高(米良家)まで様々であったが、全体的には』三千『石以上が大半を占め、外様大名の一族が多かった』とし、「表向御礼衆」に、『表向御礼衆は大名と同じ扱いを受け、登城の際は表御殿でそれぞれの間に詰める大名嫡子の後に将軍と拝謁した』とあって、そのリストに「生駒家」があり、『出羽由利郡矢島領』八千『石』とあって、伺候席を柳の間とし、「備考」には、『元高松藩藩主。維新後に石高直しを行い』、『再立藩し、矢島藩主を経て男爵』となったと注記する。

「羽州矢嶋」現在の秋田県由利本荘市矢島町(やしままち:国土地理院図。かなり広域である。中には「矢島町矢島町(やしままちやしままち)」(同前)も存在する)。

「當主大内藏」恐らくは旗本生駒親孝(いこまちかのり 寛政二(一七九〇)年~天保七(一八三六)年)と推定される。初名は丹羽貴邁。通称に「修蔵」「大内蔵」がある。

 

17―16 今長崎の唐館、常に幽靈出(いづ)る事

 長崎唐館中(ちゆう)幽靈の事は、既に記したり。

 然(しかる)に、又、頃(このご)ろ、長崎より來(きた)る者に、人をして聞かしむるに、曰(いはく)、

「館内に『幽靈堂』と云ひて、一宇、あり。此(この)堂、其ために設(まうけ)置(おき)て、新死の者は、必(かならず)、此堂に、靈、出(いづ)ることにて、履音、ごと〻〻として、絕えず。」

と。

「然らば、淸の本國も、如ㇾ此(かくのごとき)や。」

と、問(とひ)たれば、

「これに、同じ。」

と答(こたへ)たり。

■やぶちゃんの呟き

「幽靈堂」『柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「清人の幽霊」』(「かしのしづ枝」からの引用)にも出ている。

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