譚海 卷之八 勢州雲津天神の火の事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
勢州、雲津川上(くもづがはかみ)に天神山といふあり、その山に火あり、里人、「天神の火」と、いひならはしたり。
夏・秋のころ、日くるれば、天神の山のしげみに、此火、見ゆるを、戲(たはむれ)に、人、呼ぶときは、その前に、飛(とび)いたる。
里より、山までは、二里あまりを隔てたるところを、よぶ聲につきて、そのまゝ來(きた)る事、端的にして矢よりも早(はやく)飛至(とびいた)る。
此火、傘の大きさほどありて、地上をはなれてありく事、一、二尺に過(すぎ)ず。
火の中に、うめく聲のやう成(なる)もの、聞えて、人のありくに隨つて、追來(おひきた)る。
怪しき事、なし。
害をなす事もなき故、常に、人、見なれて、子供などは、火の中に入(いり)て、かぶり、たはぶるゝ事をなす。
熱氣、なくして、色は、常の火のごとし。
たゞ、臭氣ありて、久しく褻(なれ)がたし。
家へ歸行(かへりゆく)に、火も、人に隨ひ來りて、終夜、戶外(こがい)に有(あり)て、うめく聲、有(あり)て、さらず。
里人、
「例(れい)の、戲(たはむれ)に、火を呼(よび)たるよ。」[やぶちゃん注:ママ。私は「火を」は「火の」の誤記ではないかと疑っている。]
とて、戶外に出(いで)て、草の葉を、ひとつ、摘(つみ)とり、額(ひたひ)に戴(いただく)時は、この火、たちまちに、飛びさりて、うするなり。地上にあるもの何にてもいたゞきて見する時は、火、避けて、飛(とび)さる事、すみやかなり。
いか成(なる)物といふ事を、知らず。
[やぶちゃん注:「雲津川」の「上」の「天神山」は「雲出川」(くもずがわ)のことで、三重県を流れる一級水系の本流。奈良県との県境に位置する三峰山に源を発し、伊勢湾に注いでいる。ここ(グーグル・マップ・データ)。底本の竹内利美氏の注には、確かに、『三重県河芸郡』(現在は、津市の一部・鈴鹿市の一部・亀山市の一部になって消滅している)『の雲津川上流の山』とあるのだが、そもそも「雲津川」がおかしいし、「ひなたGPS」の戦前の地図や国土地理院図等を、いくら探しても、この「雲出川」上流の「天神山」は見当たらない。識者の御教授を乞うものである。この怪火現象は科学的に説明のしようがないだけに、当該地を知りたいのである。]
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