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2023/12/19

フライング単発 甲子夜話卷二十一 10 大城の大手にて、蛇、鳶をとる事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。「東洋文庫版」では、標題を『大城(だいじやう)の大手にて蛇、鳶をとる事』となっているが、以上のように蛇の前に読点を追加した。]

 

21―10 大城(だいじやう)の大手にて、蛇、鳶をとる事

 當三月のこと、とぞ。

 大城[やぶちゃん注:江戸城。]大手(おほて)の石垣にて、蛇の石垣の間(あひだ)より出(いで)たるを、鳶、挈(とら)んとす[やぶちゃん注:「挈」は「ひっ提げる」の意。]。

 蛇は鳶を吞(の)まんとす。

 鳶、飛べば、蛇、逐ふこと能はず。

 蛇、石間(いしのあひだ)に入れば、鳶、取ること、能はず。

 かくすること、良(やや)久(ひさしく)なりしを、何(い)かにしてか、鳶、遂に蛇にとられて、石間に引入れらる。

 立(たつ)て、これを見るもの、殊に多し。

 然るに、やゝ引込(ひきこま)れて後(のち)は、その體(たい)、纔(わづか)ばかりになりたり。

 人、愈(いよいよ)見ゐたる中(うち)に、その身を、沒しぬ。

 このとき、衆人、同音に、

「やあゝ。」

と云(いひ)たり。

 その聲、下御勘定所(しもごかんぢやうしよ)に聞えて、皆々、驚き、

「何の聲なるや。」

とて、出(いで)て、この事を聞知(ききし)りぬ、と云ふ。

 予、嘗て登城せしとき、鍮鉐御門(あかがねごもん)を入らんとするに、數人(すにん)、立停(たちどま)り、仰ぎ見る體(てい)ゆゑ、予も見たれば、石垣の間より、蛇、出(いで)ゐたり。

 その腹の囘(まは)り、九寸餘とも覺(おぼ)しかりし。

 されども、高き所を遠目(とほめ)に見れば、實(じつ)は、いまだ、大(ほき)く有(あり)けん。

 且(かつ)、その首尾(しゆび)は石間に入りて、見へず[やぶちゃん注:ママ。]。卑賤の諸人は、止りて見ゐたれど、予は、立留(たちどま)るべくもあらざれば、看過(かんか)して行きぬ。

 大手の蛇も、此(この)類(るゐ)なるべし。

■やぶちゃんの呟き

「當三月」前後の話柄を見ても、時制を確定出来ない。

「下御勘定所」 江戸幕府勝手方勘定奉行の執務する勘定所は、城内と、大手門番所裏の二ヶ所にあって、前者を「御殿勘定所」、後者を「下勘定所」、または「御番役御勘定所」と呼んだ。「大手門」(グーグル・マップ・データ)の入った番所のとっつきの西に面してあったようである。

「鍮鉐御門(あかがねごもん)」の読みは、底本である「東洋文庫」版の編者は振ったルビを参考にした。但し、柴田宵曲の「随筆辞典 奇談異聞篇」では、「鍮鉐」に『ちゆうじやく』と振る。さて、この門はどこか? これは、syusai123氏のブログの「御朱印帳アートお城編 江戸城」を見られたい。復元された江戸城の美しいイラストが示されてある。それによれば、「大手門」を入り、「三の丸」を通り抜けると、「二の丸下乗門(三之門)」という複雑な門を抜け、次いで「中ノ門」となり、ここからは大名のみが入ることを許されるとある。その「中ノ門」を入り、左手の坂を登ると、本丸正門に「本丸御書院門」、別名を「中雀門」(ちゅうじゃくもん)というのだそうである。これが、静山の記した「鍮鉐御門」である。syusai123氏によれば、『桝形に二重櫓門を二つ持つ、最高格式の門でした』とあり、『本丸御殿への坂道途中にある』ため、『桝形内にも雁木が設けられ、門扉には真鍮が貼られ』てあり、そこから、『鍮石門と呼ばれ、黄金色に輝いていました。通常の城門は防御力増加のため、門扉に鉄板を貼』『った鉄門(くろがねもん)か、鉄板を筋状に貼った筋鉄門としていますが、最高格式のこの門は、黄金色の真鍮貼りとしていました。鍮石(ちゅうじゃく)の当て字として、「中雀」を使用されることも有りました。徳川の城では、格式有る建物の瓦』『に』は、『銅瓦が使用されることが有り(江戸城寛永天守・駿府城・名古屋城・二条城など)、文献には無いのですが、敢えて銅瓦で復元しました』とあって、『この門の向こうに見えているのが、本丸御殿です。玄関側から「表」「中奥」「大奥」と別れ、その向こうは北桔橋(はねばし)門、大奥の左に天守が有りました』とあった。静山がどう呼んでいたかは、最早、今では判らない。

「その腹の囘り、九寸餘とも覺しかりし」円周が二十七センチメートル超なると、体を伸ばせば、四メートルにもなんなんとする驚くべき大蛇である。遠見でのそれであるから、まず、三メートル程度に割り引いてよいだろう。而して、本邦で三メートル超えの蛇は、爬虫綱有鱗目ヘビ亜目ナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属アオダイショウ Elaphe climacophora 以外には考えられない。当該ウィキによれば、アオダイショウは『樹上に上るときには』、『枝や幹に巻きついて登っていくのではなく、腹板の両端には強い側稜(キール)があり、これを幹や枝に引っかけることでそのまま垂直に登ることができ、樹上を移動する』。『壁をよじ登ることもでき、その習性が他のヘビがいなくなった都市部でも、本種が生息できる原動力となっている』。『食性は肉食で、主に鳥類や』、『その卵、哺乳類を食べる』。『噛み付いて捕らえた獲物に身体を巻き付けて、ゆっくり締め付ける』とあった。但し、逆にアオダイショウの『天敵はイヌワシ』(☜)、『タヌキ、キツネ、イノシシなどで、幼蛇は』、『ノネコやカラス』(☜)、『シマヘビなども天敵となる』ともある。而して、:   鳥綱タカ目タカ科トビ属トビ Milvus migrans も、当該ウィキを見ると、捕食対象に蛇が挙がっている。

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