只野真葛 むかしばなし (93)
一、今田善作といひし人、在合[やぶちゃん注:底本に「合」を当て字として、『(郷)』と本文割注をしてある。]にて野良狐(のらぎつね)をならして、日ごとに食をあたへしかば、終(つひ)に、緣先に晝寢して居《ゐ》るほどになれしに、そのはじめよりは、三年ばかりも、かいて、有(あり)し、とぞ。
善作、机にかゝりておるかたわらの緣の上に、狐、居て、細目に明(あけ)て、善作が顏を、まもり、物いひたげなるていなりしに、善作、ことばをかけ、
「是、きつね。そちを扶持(ふち)せしも、はや、三年なり。少しは禮を仕(し)そふ[やぶちゃん注:ママ。]なこと。いかに野良狐だとて、あまり陰(かげ)[やぶちゃん注:「お蔭」。謝意。]のなきことなり。鳥の一羽も、才覺は、ならぬか。」
と、いひおはるやいなや、とび下(お)りて、いづくともなく行(ゆき)しに、
「さて、聞分(ききわけ)しやうな、ていなり。いかゞしつる。」
と、家内と物がたりして、日をくらせしに、よく朝、ひしくひ一羽、こつぜんと、枕上(まくらがみ)に有(あり)。されば、
「狐の、きゝ分(わけ)て持(もち)きしならん。」
と、料理して見しに、一向、身のなき、やせ鳥なりし、とぞ。
後(のち)にきけば、其あたりにかひて有(あり)し「おとり雁(がん)」をとりて、あたへし、とぞ。
食(くひ)ては、うまくなし。とられしかたには、大迷惑せしなり。
野良狐の心、いきなるべし【「おとり」とは、かひおきたる鳥を野場につなぎて、鳥をよびて、打(うつ)なり。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]
[やぶちゃん注:「ひしくひ」カモ目カモ亜目カモ科マガン属ヒシクイ Anser fabalis serrirostris 。本邦に渡り鳥として南下してくるのは他に、オオヒシクイ Anser fabalis middendorffii がいる。詳しくは、私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鴻(ひしくひ)〔ヒシクイ・サカツラガン〕」を参照されたい。]

