フライング単発 甲子夜話卷五十 8 千手院の妖
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]
50-8 千手院(せんじゆゐん)の妖(えう)
近頃、予が中(うち)に「草菴(さうあん)」と云ふ老醫、居(を)る。
「この七月十三日、根岸の方に往きて、上野の坊官吉川大藏卿《きやう》の母に値(あ)ひたるに、この人、云ひし。」
とて、傳話(つたへばなし)す。
「その前日、朝五時(あさいつつどき)頃のことにて、御簞笥町(おたんすちやう)と云ふ處、樂人(がくじん)東儀隼人佑(とうぎはやとのすけ)の隣(となり)に、眞言宗の「千手院」と云へる大(おほき)なる寺あり。この地に大木の樅(もみ)あるに、その樹杪(こずゑ)に、人、あり。枝間(しかん)に腰をかけ、儼然(げんぜん)たり。その體(てい)、顏、赤く、鼻、隆(たか)くして、世に「天狗」と謂ふ者の如し。視る人、大(おほい)に驚きたり。」
と。
これ、眞(まこと)の「天狗」なるべし。
「視し人は、鵜川内膳と云(いふ)人の婢僕(ひぼく)、始めて見出し、これより、數人(すにん)見たり。」
とぞ。
■やぶちゃんの呟き
「吉川大藏」調べりゃ、判りそうな気もしたが、主役でないので、ヤメた。悪しからず。
「朝五時頃」不定時法で午前七時半前後。
「御簞笥町」文京区小石川五丁目(グーグル・マップ・データ)の内。なお、以下の段落成形はママ。後でリンクで示す東洋文庫版(恣意的正字化版)でも同じく改行をしてある(頭の字下げは、ない)。
「東儀隼人佑」東儀隼人佑季蕃(信頼出来る論文に見出した。名の読みは不詳)。「東儀家」は奈良時代から現在まで、実に千三百年の間、雅楽を世襲してきた楽家。
「千手院」不詳。現存する同名の真言宗の寺は、台東区根岸にあるが(グーグル・マップ・データ)、この寺は過去に別な場所にあったが、それは神田小柳町であり、前の「御簞笥町」とは一致しない。
「儼然」「厳然」に同じ。
「婢僕」下女。
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