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2023/12/27

只野真葛 むかしばなし (97)

 

一、うかれめの、おもはぬ人にそふは、珍らしからず、といへども、まさしく見しこと故(ゆゑ)、しるす。

 吉原に、「かなや」の内、「直衞(なほゑ)」といふ女、高井孫兵衞とて、わるしわく、理屈の外には、なしを、しらぬ人を客にとりて、ふつふつ、氣にいらず、

『いやよ、いやよ、』

と、おもふ故、いくら、ふりつけても、あきずにくる故、いつも、またせておく事なりしに、ある時、例のごとく、またせて置(おき)しに、かぶろ・新造も、あきて居(をら)ぬうち、いづくへ行(ゆき)しや、客、見へず成(なり)しこと有(あり)。

 直衞は、

「顏をださずば、なるまひ[やぶちゃん注:ママ。]。」と、いやいや、座敷をのぞひ[やぶちゃん注:ママ。]て見れば、客は、なし。

 内のものにきけど、誰(たれ)も、しる人、なし。

「大方、おかへり被ㇾ成ましたろう。」

と、みないふ故、その氣に成(なり)、

「ほんに、かへたか[やぶちゃん注:ママ。]。」

と聞(きき)ありくに、人々、

「歸りし。」

といふ故、大に悅(よろこび)、

「もし、誰(たれ)さんも、きなんしよ。うれしいことが有(ある)。いやな客人が歸つたとさ。」

とて、なかまをよび集(あつめ)、うまひものをとりよせて、おもひおもひ、食(くひ)ながら、其客のわるひ[やぶちゃん注:ママ。]ことを、くりかへし、思ひだし、思うひだし、語りて、胸をはらし居《を》る時、もはや、わるくち、いひつくせしを、聞(きき)すまし、後(うしろ)の戶棚を、

「さらり」

と明(あけ)て、孫兵衞、立(たち)いづれば、外(ほか)の女らは、にげて行(ゆき)、直衞は、赤面、消(きえ)いるおもひ、

『如何はせん。』

と無言にておると、孫兵衞は、大きに腹でも立(たち)そふ[やぶちゃん注:ママ。]な所を、さらにいかりの色、無(なく)、

「金にかはるゝつとめの身、わかい心に、すいた、しかぬは有(ある)うちのこと、一々、尤(もつとも)なり。我、仕かたのあしかりし。」

と、感心せしてい[やぶちゃん注:「體」。]にて、おとなしく歸りし、とぞ。[やぶちゃん注:以下は底本も改段落。]

 直衞は、いよいよ、面目(めんぼ)くなく、

「いかに、つとめの身なればとて、あまりに、さがなき物いひを、きかれしこと。」

と、はぢ入(いり)て、

「とやせん、かくや、」

と、心も、すまず、案じわづらひ居《をり》たる所へ、孫兵衞は、仲人(なかうど)をこしらへて、いはするは、

「先刻は、段々、心中、のこらず聞(きき)とゞけたり。さほど、きらはるゝ孤身(ひとりみの)事、きれて、のぞみをかなへんことは、やすけれど、『客を、さがなくそしりしを聞付(ききつけ)られ、あいそつかして、來(こ)ぬ。』と評判せられては、外聞は、さておき、おや方(かた)の前へ、顏が、たつまじ。とにもかくにも、一度(ひとたび)なれそめしこと。是より、あらためて、しんみの客にして逢(あふ)心なら、聞(きき)しことは、他言せじ。」

と、いひやりしかば、

「わたりに、舟。」

と、よろこびて、其言(そのげん)にしたがひしより、實(まこと)に打(うち)とけし客と成(なり)て、終(つひ)にうけだされて、一生、つれそひ、數寄屋町居宅の河岸(かし)のかたに家居して有(あり)しが、工藤家へも、度々(たびたび)來り、あのかたへも、茶湯ふるまへ[やぶちゃん注:ママ。]に、度々、よびて有(あり)し。

 孫兵衞といふぢゞ、見たりしが、いかにも、女のきらひそふな[やぶちゃん注:ママ。]人なりし【「しつくこい[やぶちゃん注:ママ。]ものには、しめらるゝ。」といふは、是なるべし。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]

[やぶちゃん注:「しつくこいものには、しめらるゝ。」「しつこい者には、占められる。」か。]

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