只野真葛 むかしばなし (111) 菅野三郎左衛門、山女に逢う
一、手前家中(かちゆう)に菅野三郞左衞門といふ者、若年のころ、奧山にいりて、日々、たき木をとりしに、ある時、朝、例より、はやくいでゝ、薪(たきぎ)とりしに、やうやう、朝日のあがる頃、むかひの山の中ほどを、橫にとほるもの、有(あり)。
よく見れば、女の、髮の洗(あらひ)たるさまにて來(きた)るを、
『あやしや。人もかよわぬ此山へ、早朝といひ、女のたゞ壱人(ひとり)、しかも洗髮(あらひがみ)にて、とほるべきよし、なし。』
と、おもひて、まもりゐしに、眞むかひに立(たち)どまりて、ふと、このかたを見むきしに、色、白く、肌、うるはしく、朝日に、てりて、うつくしき女なり。
眼中(まなこうち)の、いやなること、更に人間とおもはれず。
松に、かくれて、かたちは見へ[やぶちゃん注:ママ。]ざりしが、身の毛、たちて、おそろしくおぼへしほどに、つかねかけたる木を、すてゝ、あとをも見ず、一さんに山を、にげくだり、其後(そののち)ふたゝび、その山へは、ゆかざりし、とぞ。
追(おつ)て考(かんがへ)るに、其松の木共(ども)、若松ながら、みな、壱丈餘(あまり)の木なりしに、其うへより、かしらの見へしは、丈のたかきも、しられたりし。
かしらのおほきさも、二尺餘ばかりも有しとおもひいづるにつけて、あやしき事なりし。
「世にいふ『山女(やまをんな)』のたぐひならんか。」
と、いひあへりし、とぞ。
[やぶちゃん注:本話は「奥州ばなし 三郞次」と同話である。「山女」その他の注を附してあるので、そちらを見られたい。『柳田國男「妖怪談義」(全)正規表現版 山男の家庭』も参考になろう。]
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