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2023/12/23

只野真葛 むかしばなし (91)

 

[やぶちゃん注:本篇の主人公は既に「88」に出た馴染みの人物。この話、実は私がブログで電子化するのは、実に三度目である。「奥州ばなし 狐つかひ」を見られたい。

一、淸安寺といふ寺の和尙は、「狐つかひ」にて有(あり)し、とぞ。

 橋本正左衞門、ふと、懇意に成(なり)て、折々、夜ばなしに行(ゆき)しに、あるよ、和尙の曰く、

「おなぐさみに、芝居を御目にかくべし。」

といふより、たちまち、座敷、芝居のていとなり、色々の役者ども、いでゝ、はたらき、道具だての仕かけ、鳴物の拍子、少しも正眞の通(とほり)、たがふことなく、おもしろく、居合(ゐあは)せし人々も、感じ入(いり)て有(あり)し、とぞ。

 正左衞門は、不思議をこのむもの故、分(わけ)て、悅(よろこび)、それより、又、ならひたしと思(おもふ)心、いでゝ、しきりに行(ゆき)しを、和尙、さとりて、

「そなたには、飯綱《いづな》の法、ならいたくねがはるゝや。さあらば、まづ、試(こころみ)に三ばん【三度なり。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。「三晩」ではなく、「三番」であることを真葛は示唆したかったのだろう。]ためし申(まふす)べし。是を、こらゆることのならば、おしへ[やぶちゃん注:ママ。]申さん。」

と、いひし、とぞ。

 正左衞門は、かぎりなく悅(よろこび)、

「いかなることをも、たへ[やぶちゃん注:ママ。]しのぎて、いで、そのいづな習はんものを。」

と、いさみて來りしを、一間に、壱人(ひとり)おきて、

「この攻めにたえかねたる時は、聲を、あげられよ。さすれば、皆、きへうせるなり。」

と、いひきかせて、和尙、入(いり)しあとに、

「つらつら」

と、鼠のいでゝ、膝にあがり、袖に入(いり)、襟(えり)をわたりなどする事、めいわくなりといへども、誠のものにあらずとおもふ故、

『よし。食(くひ)つかれても、きずは、つくまじ。』

と、心をすゑて[やぶちゃん注:ママ。]、こらへし程に、やゝしばらくせめて、いづくともなく無成(なくなり)たり。

 和尙、出合(いであひ)、

「御氣丈なることなり。」

と、あいさつして、

「明晚、しらで。」[やぶちゃん注:『日本庶民生活史料集成』版は『しらて』で右にママ注記を打つ。「奥州ばなし 狐つかひ」では、『「明晚、來られよ。」』で躓かない。しかし誤る前の表現が、まるで推定出来ないのは、狐に騙されたようだ。]

といふ故、またゆきしに、前夜のごとく、壱人、をると、此度(このたび)は、蛇のせめなり。

 いくらともなく、大小の蛇、はひいでゝ、袖に入(いり)、襟(えり)にまとひ、わるくさき事、たへがたかりしを、

『是も誠のものならず。』

と、こらへとほふ[やぶちゃん注:ママ。]して有し、とぞ。

 さて、明晚が過(すぐ)れば、ならふことゝ、心、悅(よろこび)て、翌晚、行(ゆき)しに、壱人有(あり)ても、何も出(いで)こず、やゝまち遠(どほ)におもふ折(をり)しも、こはいかに、早く、わかれし實母の、末期(まつご)に着たりし衣類のまゝ、まなこ、引付(ひつつき)、小鼻、おち、口びる、かわき、ちゞみはてゝ、よわりはてたる顏色・容貌、髮の亂(みだれ)そゝけたるまで、落命の時と、身にしみて、今も、わすれがたきに、少しも、たがわぬさまして、

「ふわふわ」

と、あゆみ出(いで)、たゞ、むかひて、座したるは、鼠・蛇に百倍して、心中のうれい[やぶちゃん注:ママ。]、かなしみ、たとへがたく、すでに、言葉を、かはさんとするてい、身にしみじみと、心わるく、こらへかねて、

「眞平御免被ㇾ下ベし。」

と、聲を上(あげ)しかば、母と見得しは、和尙にて、笑(ゑみ)、座(ざ)して有(あり)し、とぞ。

 それより、ふたゝび、ゆかず成(なり)しとぞ。

 正左衞門、繼母は、上遠野伊豆(かどのいづ)が家より、いでし人なり。此人のはなしに、

「伊豆は、狐をつかひし。」

と、いひしとぞ。八弥も、養子と成(なり)て有し故、伊豆にちかしくして、手離劍[やぶちゃん注:「手裏劍」の当て字。]打(うち)やふ[やぶちゃん注:]なども、ならひたりしなり。

[やぶちゃん注:最終段落の「上遠野伊豆」や「養子」「八弥」、及び、手裏剣(上遠野伊豆が達人であった)のことは、先の「87」で書かれてある。

 なお、「奥州ばなし 狐つかひ」の冒頭注で、私は、『これは恐らく正左衛門の作話で(実録奇譚である本書の性質から、私は真葛の創作とは全く思わない)、その元は、かの唐代伝奇の名作、中唐の文人李復言の撰になる「杜子春傳」であろう。リンク先は私の作成した原文で、「杜子春傳」やぶちゃん版訓読「杜子春傳」やぶちゃん版語註「杜子春傳」やぶちゃん訳、及び、私の芥川龍之介「杜子春」へのリンクも完備させてある。但し、柴田はそれ以外に、『「宇治拾遺物語」にある瀧口道則が、信濃の郡司から異術を習ふ話に似てゐる』とも記す。その「瀧口道則習術事」(瀧口道則(たきぐちのみちのり)、術を習ふ事)も「柴田宵曲 妖異博物館 飯綱の法」の注で電子化しておいたので、比較されたい。実際には、私の電子テクストには、この「飯綱の法」に纏わる怪奇談や民俗学上の言及が十件以上ある。「宗祇諸國物語 附やぶちゃん注 始めて聞く飯綱の法」や、「老媼茶話卷之六 飯綱(イヅナ)の法」も読まれたい』と記した。それを変更する気は、全くない。

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