柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「猫物を言う」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
猫物を言う【ねこものをいう】 〔耳囊巻四〕寛政七年の春、牛込山臥町<東京都新宿区山伏町>の、何とか言へる寺院、秘蔵して猫を飼ひけるが、庭に下りし鳩の、快よく遊ぶを覗ひける様子故、和尚声を懸け、鳩を追ひ逃しけるに、右猫、残念なりと物言ひしを、和尚大きに驚き、右猫勝手の方へ逃げしを押へて、小束(こづか)を持ち、汝畜類として物を言ふ事奇怪なり、全《まつたく》化《ばけ》候《さふらふ》て人をたぶらかしなん、一旦人語をなすうへは、真直《しんちよく》に尚又可ㇾ申、若《も》しいなみ候においては、我殺生戒を破りて、汝を殺さんと憤りければ、彼《か》の猫申けるは、猫の物を言ふ事、我等に不ㇾ限、拾年余も生き候得ば、都(すべ)てものは申ものにて、夫《それ》より拾四五年も過ぎ候得《さふらえ》ば、神変を得候事なり、併《しか》し右の年数、命を保ち候猫無ㇾ之由を申けるゆゑ、しからば汝物云ふもわかりぬれど、未だ拾年の齢ひに非ずと尋ね問ひしに、狐と交りて生れし猫は、その年功《ねんこう》なくとも、物言ふ事なりとぞ、答へけるゆゑ、然《しか》らば今日物言ひしを、外《ほか》に聞ける者なし、我暫くも飼置きたるうへは、何か苦しからん、これまでの通り可二罷在一と、和尚申ければ、和尚へ対し三拝をなして出行《いでゆ》きしが、その後いづちへ行きし見えざりしと、彼《か》の最寄《もより》に住める人の語り侍る。<『耳囊巻五』に同様の文がある>
[やぶちゃん注:私の「耳嚢 巻之四 猫物をいふ事」である。これは、最も人口に膾炙した猫の怪である。最後の宵曲の附記のそれは、底本違いで、私のものは、「耳嚢 巻之六 猫の怪異の事」である。但し、『同様』というより、「同様に近い別話」とすべきものである。なお、無論、宵曲は、「妖異博物館 ものいふ猫」でも採用している。そこでは、本邦のこれらのルーツの一つと考えてよい、中国の志怪小説も挙げてあるので、是非、読まれたい。]
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