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2023/12/31

フライング単発 甲子夜話續篇卷四十六 16 本莊七不思議の一、遠鼓

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。カタカナは珍しい静山自身のルビである。標題は「本莊(ほんしやう)七不思議の一(ひとつ)、遠鼓(とほつづみ)」と読んでおく。「つづみ」は現代では、専ら、小鼓(こつづみ)を指すが、「鼓」は本来は広く大小の「革を張った打楽器」を指す語である。]

 

46―16

 予が莊(さう)のあたり、夜(よる)に入れば、時として、遠方に鼓聲(つづみごゑ)、きこゆることあり。

 世に、これを「本莊(ほんさう)七不思議」の一(ひとつ)と稱して、人も、往々(わうわう)、知る所なり。

 因(よつ)て、其鼓聲をしるべに、其處(そこ)に到れば、又、移(うつり)て、他所(よそ)に聞ゆ。

 予が莊にては、辰巳(たつみ)[やぶちゃん注:南東。]に當る遠方にて、時として、鳴ること、あり。

 この七月八日の夜、邸(てい)の南方に聞へしが、驟(にはか)に近くなりて、

『邸中(ていちゆう)にて、擊(うつ)か。』

と思ふばかり也しが、忽ち、又、轉じて、未申(ひつじさる)[やぶちゃん注:南西。]の方(かた)に遠ざかり、其音(そのオト)かすかに成(なり)しが、忽ち、殊に近く邸内にて鳴らす如(ごとき)なり。

 予は几(つくへ)に對して字を書(かき)しゐしが、侍婢など、懼れて、立騷(タチサハグ)ゆゑ、

「若(もし)くは狡兒(かうじ)が所爲(しよゐ)か。」

と、人を出(いだ)して見せ使(しめ)しに、

「近所なる割下水迄は、其聲を尋(たづね)て行(ゆた)れど、鼓打(つづみうつ)景色もなく、又、其邊(アタリ)に問(とひ)ても、誰(たれ)も其夜は鼓を擊つことも無し。」

と答へたり。

 其音(オト)は世の宮寺(ミヤテラ)などに有る太鼓の、面(めん)の徑(わた)り一尺五六寸ばかりなるが、表の革は、しめり、裏革は、破れたる者の音(ネ)の如く、又は、戶板などを撲(う)てば、調子よく、

「ドンドン。」

と鳴ること、あり。

 其聲の如く、拍子は、始終、

「ドンツクドンツク、ドンドンドンツクドンドンドンツクドンドンドンツク。」

と、ばかりにて、此二つの拍子、或(あるい)は高く、或は卑(ひく)く、聞ゆ。

 何の所爲(しよゐ)なるか。狐狸(こり)のわざにもある歟(か)。

 歐陽氏、聞かば、「秋聲賦」の後(のち)、又、一賦の作、有るべし。

■やぶちゃんの呟き

 本篇は、柴田宵曲の「妖異博物館」の「狸囃子」で、一度、電子化している。

「予が莊」「ほんさう」で「本所」のこと。本所は、ここが中世の荘園制度に於ける荘園であったことに由来する地名である(荘園を実効支配する領主を「本所」と呼んだ)。なお、当時の平戸藩下屋敷は旧本所中之郷(現在の墨田区東駒形:グーグル・マップ・データ)にあった。

「本莊(ほんさう)七不思議」「本所(ほんじよ)七不思議」に同じ。当該ウィキを見られたいが、その内の「狸囃子」(たぬきばやし)がそれで、本所では「馬鹿囃子」の名でも呼ばれた。当該ウィキによれば、『囃子の音がどこから聞こえてくるのかと思って音の方向へ散策に出ても、音は逃げるように遠ざかっていき、音の主は絶対に分からない』。『音を追っているうちに夜が明けると、見たこともない場所にいることに気付くという』。『平戸藩主・松浦清もこの怪異に遭い、人に命じて音の所在を捜させたが、割下水付近で音は消え、所在を捜すことはできなかったという』(本話)。『その名の通り』、『タヌキの仕業ともいわれ、音の聞こえたあたりでタヌキの捜索が行われたこともあったが、タヌキのいた形跡は発見できなかったという』。『東京都墨田区の小梅や寺島付近は、当時は農村地帯であったことから、実際には収穫祝いの秋祭りの囃子の稽古の音が風に乗り、いくつも重複して奇妙なリズムや音色になったもの』、『または柳橋付近の三味線や太鼓の音が風の加減で遠くまで聞こえたものなどと考えられている』とある。

「この七月八日の夜」前後の話柄から、これは文政十三年七月八日(グレゴリオ暦八月十五日)を指すことが判った。なお、この半月余り後の文政十三年十二月十日(グレゴリオ暦一八三一年一月二十三日)に「天保」に改元している。

「狡兒」悪戯っ子・不良少年・チンピラの意。

「見せ使しに」見せに遣らせたが。

「面の徑り一尺五六寸」太鼓の打撃する皮張りの部分で直径四十五・四五~四十八・四八センチメートル。

「歐陽氏」北宋の文人政治家欧陽脩(おうようしゅう 一〇〇七年~一〇七二年)で、「秋聲賦」は長文の秋の夜の趣を謳いあげた賦で、彼の代表作として人口に膾炙される。

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