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2023/12/22

フライング単発 甲子夜話續篇卷四十一 9 幽靈の似(ニセ)を爲し老婦人八丈嶋遠島の事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。カタカナの読みは総て静山自身のルビである。珍しくかなり打たれてある。]

 

41―9

 此頃、人の物語りしことどもを、聞(きく)まゝに記(し)する。[やぶちゃん注:ここは底本でも改行している。但し、字下げはない。]

 高橋作左衞門が子、兩人、八丈遠嶋になりしとき、十四人とか、一同に出船せし中に、五十五歲なる婦も、その中なりし。

 その婦のゆゑを聞くに、去年三月、築地邊、大火の後、幽靈と僞り、人を欺き、盜(ぬすみ)をせし者、とぞ。

 その幽靈の仕方は、身に白き衣(キモノ)を着(き)、衣の腰より下を、黑く、染め、脊に、黑き版(イタ)の、巾廣(はばびろ)なるを負(お)ひ、

「ちらりちらり」

と、人前に出(イデ)、又、逃去(にげさら)んとするときは、負(おひ)たる板、黑きゆゑ、人目には消失(キヘウセ[やぶちゃん注:ママ。])たるが如し。斯(かく)して、多く、人を欺き、人の逃行(にげゆき)しあとにて、家財を奪去(うばひさ)りし、となり。

「實(まこと)に、新しき仕方なり。」

と、人々、云(いひ)しが、文化年中、深川永代橋、墜ちしときも、既に斯(かくの)事ありて、「夜話」前篇第二卷に載(のせ)たり。されば、その故智(ふるぢゑ)を假(か)りたるなり。

■やぶちゃんの呟き

「高橋作左衞門が子、兩人、八丈遠嶋になりしとき」「シーボルト事件」捕縛されて老死した天文方高橋作左衞門景保(かげやす 天明五(一七八五)年~文政一二(一八二九)年)。天文暦学者。天文方高橋至時(よしとき)の長男として大坂に生まれた。「Globius」という号もある。幼時より才気に富み、暦学を父に学んで通暁し、オランダ語にも通じた。二十歳で父の後を継いで天文方となり、間重富(はざましげとみ)の助力を受けて浅草の天文台を統率し、優れた才能と学識で、その地位を全うした。伊能忠敬が彼の手附手伝(てつきてつだい)を命ぜられると、忠敬の測量事業を監督し、幕府当局との交渉及び事務方につき、力を尽くし、その事業遂行に専心させた。文化四(一八〇七)年に万国地図製作の幕命を受け、三年後に「新訂万国全図」を刊行した。翌年には暦局内に「蕃書和解御用(ばんしょわげごよう)」を設けることに成功し、蘭書の翻訳事業を主宰した。満州語についての学識をも有し、「増訂満文輯韻(まんぶんしゅういん)」ほか、満州語に関する多くの著述がある。景保は学者でもあったが、寧ろ優れた政治的手腕の持ち主で、「此(この)人学才は乏しけれども世事に長じて俗吏とよく相接し敏達の人を手に属して公用を弁ぜしが故に此学の大功あるに似たり」と、大槻玄幹(おおつきげんかん)は評している。この政治的手腕がかえって災いしたものか、文政一一(一八二八)年の「シーボルト事件」の主犯者として逮捕され、翌年、四十五歳の若さで牢死した。存命ならば死罪となるところであった(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。私の「反古のうらがき 卷之四 雲湖居士」を参照。そこに『其子御赦にて歸嶋(きたう)せしが、直(ぢき)に天文方手傳(てつだいひ)とて、十人扶持被ㇾ下(くだされ)、御用、相勤(あひつとめ)、程なく、十人扶持本高に被下置(くだされおき)、以(もつて)上席へ御召出しに成(なり)たる例あれば、孫助をも還俗させて、出役(しゆつやく)ある場所[やぶちゃん注:臨時役職。]へ差出し申度(まうしたき)旨(むね)、いゝたる。』とある。景保には五人の子どもがいたが、その内、高橋小太郎、同作次郎の二人は、父の罪に連座され、遠島の処分を受けていることがネットで確認出来た。

「去年三月、築地邊、大火」前注の処罰は文政一三(一八三〇)年であるから、この「大火」は「文政の大火」である。文政十二年三月二十一日(一八二九年四月二十四日)に江戸で発生した大火で、当該ウィキによれば、『神田佐久間町から出火し、北西風により』、『延焼した。「己丑火事」「神田大火」「佐久間町火事」などとも呼ばれる』。『焼失家屋は』三十七『万、死者は』二千八百『人余りに達した。神田佐久間町は幾度も大火の火元となったため、口さがない江戸っ子はこれを「悪魔(アクマ)町」と呼ぶほどであった。火災の原因は、タバコの不始末であったという』とある。神田佐久間町はここ(グーグル・マップ・データ)で、築地は、そのほぼ南に当たるので(前の地図下方参照)、延焼に問題はないように思われる。なお、「国立公文書館」公式サイト内の「天下大変」の「32. 文政回禄記」(写本)に、この「文政の大火」の解説記事があるが、そこに、『この火事では、多数の焼死者が出たせいか、怪談がいくつも生まれました。本書にも、「御救小屋」(焼け出された人々のための仮設住居)に全身火傷の首なし人間が迷い出た話や、びしょ濡れで青ざめた女の幽霊がさめざめと泣いていた話などが載っています』とあり、まさに、この女の幽霊こそが、贋幽霊であったとも読めなくはない。

『「夜話」前篇第二卷に載たり』私の「甲子夜話卷之二 45 深川八幡宮祭禮のとき永代橋陷る事」を参照されたい。注は、そちらに譲る。

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