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2023/12/28

只野真葛 むかしばなし (109) 松前藩用人の「おもくろしい」話

 

一、むかし工藤家築地住居の節、松前樣用人のよしにて、松前人壱人(ひとり)、少々、公事(くじ)ざたによりて、江戶にのぼりしが、公邊(こうへん)むき、不案内故、父樣をたのみ、願(ねがひ)の下書(したがき)その外(ほか)、諸方かけ合(あひ)ぶりなど、なろふ[やぶちゃん注:ママ。]とて、日々相談に來りし、とぞ。

 四十ばかりにて、人がらよく、至極かたき人なりし故、奧へも通し、お遊・おつねなど、松前ばなしを聞(きき)たりし。口重(くちおも)にて、こなたよりとはねば、かたらぬ人なりし、とぞ。

[やぶちゃん注:「お遊」平助の妻で、真葛の母。

「おつね」真葛の妹である三女「つね子」。家内のニックネームは「女郎花(おみなへし)」。加瀬家に嫁した。

 以下は底本でも改段落している。]

 はじめは、松前のやしきに居(をり)たりしが、

「道、遠し。」

とて、うねめ原に、大井卯之助とて、九ツばかりなるが、當主にて、父は、「金かし」なりしが、早く死し、母壱人、三十餘の若後家(わかごけ)にて、手がるに、母子(ぼし)すまゐして在かたへ、

「同居せよ。」

と、せわする人、有(あり)て、そこに、うつり住(すみ)しより、近所なれば、心やすく、日夜となく、來りて有しとぞ。

[やぶちゃん注:「うねめ原」「采女原」で正しくは「うねめがはら」。松平采女正(うねめのしょう)定基の邸があったための呼称。現在の東京都中央区銀座四・五丁目付近。辻講釈・見世物小屋が並び、夜鷹が多かった(小学館「日本国語大辞典」に拠った)。]

 元來、世話する人も、後家も、金を持(もち)し旅人故、「ほまち仕事」に、だまして、金を引(ひく)つもりなりしを、客人は、夢にもしらず、心やすくていなることゝ、悅(よろこび)て有しなり。

[やぶちゃん注:「ほまち仕事」「外持仕事」で、本職以外の臨時の金儲け仕事を指す。]

 一年ばかりも同居せし頃、早朝に其用人方より、

「極内用御直覽(ごくないようおんぢきらん)」

と小書(こがき)して、二重ふうじ印(いん)おしたる狀(じやう)來り[やぶちゃん注:ママ。]故、

「合點、ゆかず。」

と、ひらき見れば、

「同居の女人(によにん) 昨夜より 不快に候所有(ある)につき 極(ごく)内々御談(おんだん)じ申度(まふしたき)義の候間 御調合 御仕舞 早々 御出(おで)がけに御立(おたち)より被ㇾ下度(たく)候 尤(もつとも) 音(おと)高からぬやうに御より被ㇾ下ベし 委才[やぶちゃん注:ママ。底本には「才」を「細」の当て字とする編者注がある。]は御面談に申上べし」

といふ狀なり。

「承知せし。」

と挨拶して、使(つかひ)をかへし、出がけに御立(おたち)より被ㇾ成しに、用人は門に出(いで)て待居(まちをり)たりしが、

「先々(まづまづ)。」

とて、ひそかに、ともなひ入(いれ)て、座につけて、あたり見廻し、膝、すりよせ、さて、汗をふき、さしうつむき、さも迷惑氣(げ)な、やう子(す)にて、やうやう、いひ出すは、

「いかにお心やすい[やぶちゃん注:ママ。]とて、かやうの事、おはなし申(まふす)も、何とも、おつもり[やぶちゃん注:(平助が)想像なさっていること。]のほども、はづかしく、面目(めんぼく)なけれども、やみがたきことの候故、恥をかヘり見ず、極みつ、極みつ、御賴(おたより)申なり。かならず御他言被ㇾ下まじ。」

と、口かため、又、うつむきて、しばし考(かんがへ)、

「さりとても、侍(さふらひ)の有(ある)まじきことながら、永々(ながなが)同居いたすうち、ふと、心がまよひまして、此家の女と、不義、いたしましてござる。」

といふ故、父樣は、

「たがひに、女、なし、夫、なし。さやうのことは有(ある)うちのこと。」

と挨拶あれば、誠に、赤面、あせにひたり、

「さやうに被ㇾ仰ては、消(きえ)も人(いり)たき。」

とて、めいわくのていなり。

「扨、昨夜、小產《おさん》いたしましたが、後(のち)のものとやらが、『おりぬ。』とて、くるしみます故、今朝(けさ)申上しが、それも、先ほど、下(さが)りましたそうに[やぶちゃん注:ママ。]ござります。私が男の身でさへ、かやうに存(ぞんず)るもの、女は、いかばかり、氣の毒にぞんじ候やしれず、かならず、爰(ここ)より申上しとは不ㇾ被ㇾ仰(おほせなられず)、『ふと御立より被ㇾ成しが、不快と御聞(おきき)、おみまひ被ㇾ成(なされし)ていに被仰下べし。」[やぶちゃん注:「後のもの」後産(のちざん)。胞衣(えな)のこと。]

と、吳々、たのむ。

 其(その)ひま入(いる)こと、父樣、さらさらとした心には、しごく面倒におもはれしとぞ。

「先(まづ)、やうし[やぶちゃん注:ママ。「やうす」。]を見ん。」

とて、後家が住間(すむま)へ御いで有(ある)を、はなはだ、心もとながるやう子にて立(たち)て見送り居(をり)たりしに、へだてのふすま明(あけ)ながら、

「平助で、ござります。ふと、御立より申(まふし)たら、昨夜より、御不快そうにござる。幸(さいはひ)、御やう子を、見ませう。」

とて、御入被ㇾ成しに、後家は、床の上にすわりて、衣紋(えもん)つまぐり居(ゐ)たりしが、

「ハア、平助さん、よくおいで被ㇾ成ました。私も、昨晚、小(お)さん致ました。後產(のちざん)が下りませんで、難儀致ましたが、それも、先程、下りまして、今は、よふ[やぶちゃん注:ママ。]ござります。」

と、一向、平氣にて居(ゐ)たりし、とぞ。[やぶちゃん注:以下は底本も改段落している。]

「江戶ものゝ氣(き)のかろき、松前人(まつまへびと)のまわり遠(どほ)さ、二重ふうじの印封の狀、おもて座敷の密談は、まるまるの『むだごと』、たゞ『ひまつぶし』せしのみ。後家が小(お)さんしたとても、醫師が先(さき)の相手を、たゞすものではなし、結句、しらぬ顏して居(をつ)た方が、いくらましか、しれず。左樣のおもくろしき心から、いくら入知惠(いれぢゑ)しても、かけ合(あひ)、後手(ごて)にばかりなりて、公事(くじ)にまけ、牢死せしぞ、ふびんなる。」

と、御(お)はなしなり。

[やぶちゃん注:「おもくろしき心」「おもくるし」は「おもぐるし」とも言い、「押さえつけられるようで苦しい・陰鬱である・はればれしない」、「重々しく堅苦しい・軽快でない」の意で、口語的には「おもくろしい」とも言った。]

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