フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

無料ブログはココログ

« 柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「手を借る」 | トップページ | フライング単発 甲子夜話卷五十 8 千手院の妖 »

2023/12/12

ブログ2050000アクセス突破記念「にんじん」ジュウル・ルナアル作・岸田國士譯(正規表現版・ヴァロトン挿絵+オリジナル新補注+原文) 「にんじんのアルバム」+訳者岸田國士氏の「譯稿を終へて」(挾込)+本書書誌及び限定出版の記載+奥附 / 同前新ブログ版~完遂

[やぶちゃん注:ジュール・ルナール(Jules Renard 一八六四年~一九一〇年)の “ Poil De Carotte(原題は訳すなら「人参の毛」であるが、これはフランス語で、昔、「赤毛の子」を指す表現である。一八九四年初版刊行)の岸田国士による戦前の翻訳である。

 私は既にサイト版「にんじん ジュウル・ルナアル作 岸田国士訳 挿絵 フェリックス・ヴァロトン(注:やぶちゃん copyright 2008 Yabtyan)」で、新字新仮名遣のそれを十五年前に電子化注している。そこでは、底本は岩波文庫版(一九七六年改版)を用いたが、今回は、国立国会図書館デジタルコレクションのジュウル・ルナアル作岸田國士譯「にんじん」(昭和八(一九三三)年七月白水社刊。リンクは標題のある扉)を用い、正字正仮名遣で電子化し直し、注も新たにブラッシュ・アップする。また、本作の挿絵の画家フェリックス・ヴァロトンFelix Vallotton(一八六五年~一九二五年:スイス生まれ。一八八二年にパリに出、「ナビ派」の一員と目されるようになる。一八九〇年の日本版画展に触発され、大画面モノクロームの木版画を手掛けるようになる。一九〇〇年にフランスに帰化した)の著作権も消滅している。上記底本にはヴァロトンの絵はない(当時は、ヴァロトンの著作権は継続していた)が、私は彼の挿絵が欠かせないと思っているので、岩波版が所載している画像を、今回、再度、改めて取り込み、一部の汚損等に私の画像補正を行った。

 ルビ部分は( )で示したが、本文を含め、拗音・促音は、一切、使用されていないので、それに従った。傍点「丶」は下線に代えた。底本の対話形式の部分は、話者が示されダッシュとなる一人の台詞が二行に亙る際、一字下げとなっているが、ブラウザの不具合が起きるので、詰めた。三点リーダは「…」ではなく、「・・・」(所謂、「トロン・ポワン」の真似だが、現在の我々から見ると、激しい違和感がある)であるのはママである。各話の末尾に若い読者を意識した私のオリジナルな注を附した(岸田氏の訳は燻し銀であるが、やや語彙が古いのと、私(一応、大学では英語が嫌いなので、第一外国語をフランス語にした)でも、原文と照らしてみて、首をかしげる部分が幾分かはある。中学二年生の時、私がこれを読んだときに立ち返ってみて、当時の私なら、疑問・不明に思う部分を可能な限り、注した。原文はフランスのサイト“Canopé Académie de Strasbourg”の“Jules Renard OIL DE CAROTTE (1900)”PDF)のものをコピーし、「Internet archive」の一九〇二年版の原本と校合し、不審箇所はフランス語版“Wikisource”の同作の電子化も参考にした。詳しくは、初回の冒頭注を参照されたい。

 なお、本最終章は全三十章から成り、各章は、各左右ページの孰れかの初めから仕切り直しているため、各章の行空けが不規則にある。ここでは、意味がないので、二行空けとした。また、私の注は、アルバムを汚さないように、各章の後注とした。

 なお、これは、二〇〇六年五月十八日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、私のブログ「Blog鬼火~日々の迷走」が、本日、二十分程前、2,050,000アクセスを突破した記念として公開することとした。【二〇二三年十二月十六日午後十二時四十八分 藪野直史】]

 

Ninjinnoarubamu

 

     にんじんのアルバム

 

 

      

 

 たまたま何處かの人が、ルピツク一家の寫眞帖をめくつてみると、きまつて意外な顏をする。姉のエルネステイヌと兄貴のフエリツクスは、立つたり、腰かけたり、他處行きの着物を着たり、半分裸だつたり、笑つたり、額に八の字を寄せたり、種々樣々な姿で、立派な背景の中に納まつてゐる。

 「で、にんじんは――」

 「これのはね、極く小さな時のがあつたんですけれど・・・」と、ルピツク夫人は答へるのである――「それや可愛く撮(と)れてるもんですから、みんな持つてかれてしまつたんですよ。だから、一つも手許には殘つてないんです」

 ほんとのところは、未だ嘗て、にんじんのは撮つた例しがないのだ。

 

[やぶちゃん注:「撮つた」原本では“La vérité c’est qu’on ne fait jamais tirer Poil de Carotte.”で、この“ tirer ”という単語は「引き伸ばす」を筆頭に、多様な意味を持つが、「写真を撮る」の意味がある。しかも、原本では御覧の通り、この単語のみが斜体になっている。臨川書店『全集』の佃氏の訳では、正しく『にんじんをけっして「撮ら」せたりしないのだ。』と訳しておられる。この強調指示は、やはり訳でもほしいところである。]

 

 

      

 

  彼はにんじんで通つてゐるが、その通り方は、ひと通りではない。家のものが彼のほんとの名を云はうとしても、すぐにはちよつと浮かんで來ないのである。

 「どうしてにんじんなんてお呼びになるんです? 髮の毛が黃色いからですか」

 「性根(しようね)ときたら、もつと黃色いですよ」

と、ルピツク夫人は云ふ。

 

[やぶちゃん注:「性根(しようね)」のルビ「しようね」はママ。]

 

 

      

 

 その他の特徵を擧げれば――

 にんじんの面相は、まづまづ、人に好感をもたせるやうに出來てゐない。

 にんじんの鼻は、土龍の塚のやうに掘れてゐる。

 にんじんは、いくら掃除をしてやつても、耳の孔に、しよつちゆうパン屑を溜めてゐる。

 にんじんは、舌の上へ雪をのせ、乳を吸ふやうにそれを吸つて、溶かしてしまふ。

 にんじんは燵(ひうち)をおもちやにする。そして、步き方が下手で、佝僂かしらと思ふくらゐだ。

 にんじんの頸は、靑い垢で染まり、まるでカラアを着けてゐるうあうだ。

 要するに、にんじんの好みは一風變つてゐる。しかも、彼自身、麝香の香ひはしないのである。

 

[やぶちゃん注:「燧」火打石のこと。石英の一種。火打ち金と打ち合わせて火を起こすのに用いた。ここは一種「火遊び」の好きな惡ガキのニュアンスであろうか。火遊びの好きな子は、にんじんのようにお漏らしをする、といふことは、私の小さな頃にも、よく言つたものである。

「要するに、にんじんの好みは一風變つてゐる。しかも、彼自身、麝香の香ひはしないのである。」この部分、やや不審。原文は“Enfin Poil de Carotte a un drôle de goût et ne sent pas le muse.”であるが、この“et”に挟まれた両分は、有機的に結びついていると思われる。だから、“drôle de goût”は「変わった嗜好や趣味」ではなくて、「奇妙な風味や匂い」といふことであろう。即ち、「そうした『にんじん』という、この子の体(からだ)は、結局のところ、独特の、実に風変わりな、何とも言い難い、奇妙な匂いがするのである。いやいや! それは麝香なんて言うようなかぐわしい香りなんねてもんじゃあ、これ、ない。』といふ感じではなかろうか。

「麝香」「和漢三才圖會卷第三十八 獸類 麝(じやかう) (ジャコウジカ)」の私の注を参照されたい。]

 

 

      

 

 彼は一番に起きる。女中と同時だ。で、冬の朝など、日が出る前に寢臺から飛び降り、手で時間を見る。指の先を時計の針に觸れてみるのである。

 珈琲とコヽアの用意ができる。すると、彼は、何の一片(きれ)でもかまはない、大急ぎでつめ込んでしまふ。

 

 

      

 

 誰かに彼を紹介すると、彼は顏を反向(そむ)け、手を後ろから差し伸べ、だんだん縮こまり、脚をくねらせ、そして、壁を引つ搔く。

 そこで、人が彼に、

 「接吻(キス)してくれないのかい、にんじん」

と、賴みでもすると、彼は答へる――

 「なに、それにや及ばないよ」

 

 

      

 

ルピツク夫人――にんじん、返事をおし、人が話しかけた時には・・・。

にんじん――アギア、ゴコン。

ルピツク夫人――ほらね、さう云つてあるだらう、子供はなんか頰ばつたまゝ、物を言ふんぢやないつて・・・。

 

[やぶちゃん注:「アギア、ゴゴン。」これでは分からない。私は中学二年生の時、倉田氏の訳で読んだときには、「にんじん」が習いたてのラテン語で答えたのかと思つたほどだ。これは原作は“Boui, banban.”とある。これは、食事中の「にんじん」が食い物を「頰(ばつ)たまゝ」、しかし、答えなければいけないと思い、“Oui,maman.”と言ったつもりのくぐもった声を、音訳したものであろう。]

 

 

      

 

 彼は、どうしても、ポケツトへ手をつつこまずにはいられない。ルピツク夫人がそばへ來ると、急いで引き出すのだが、いくら早くやつたつもりでも、遲すぎるのである。彼女はとうとうポケツトを縫(ぬ)いつけてしまつた――兩手をつつこんだまま。

 

 

      

 

 

 「たとへ、どんな目に遭はうと、噓を吐くのはよくない」と、懇ろに、名づけ親のピエエル爺さんはいふ――「こいつは卑しい缺點だ。それに、なんの役にも立たんだらう。だつて、どんなこつても、ひとりでに知れるもんだ」

 「さうさ」と、にんじんは答へる――「たゞ、時間が儲からあ」

 

[やぶちゃん注:「噓を吐く」戦後版で『嘘を吐(つ)く』とルビする。それを採る。]

 

 

      

 

 怠け者の兄貴、フエリツクスは、辛うじて學校を卒業した。

 彼は、のうのうとし、ほつとする。

 「お前の趣味は、一體なんだ」と、ルピツク氏は尋ねる――「もうそろそろ食つて行く道を決めにやならん年だ、お前も・・・。なにをやるつもりだい?」

 「えつ! まだやるのかい?」

と、彼は云ふ。

 

[やぶちゃん注:この全体は兄フェリックスのカリカチャアである。ルナールの実兄モーリス・ルナール(Maurice Renard)がモデル。成人して土木監督官となった。]

 

 

      

 

 みんなで罪のない遊戲をしてゐる。

 ベルト孃が、いろんなことを訊ねる番に當たつてゐた。

 にんじんが答へる――

 「それや、ベルトさんの眼は空色だから・・・」

 みんなが叫んだ――

 「素敵! 優しい詩人だわ」

 「うゝん、僕あ、眼なんか見ないで云つたんだよ」と、にんじんは云ふ――「なんていふことなしに云つてみたまでさ。今のは、慣用句だよ。修辭學の例にあるんだよ」

 

[やぶちゃん注:「ベルト孃」この少女は今までの本作中には出てこない。なお、最後の鼻につく言い振りから、既に寄宿学院「サン・マルク寮」に入って中学校へ通うようになってからの、帰郷の際のシークエンスととれる。]

 

      十一

 

 雪合戰すると、にんじんはたつた一人で一方の陣を承はる。彼は猛烈だ。で、その評判は遠くまで及んでゐるが、それは彼が雪の中へ石ころを入れるからである。

 彼は、頭を狙ふ。これなら、勝負は早い。

 氷が張つて、ほかのものが氷滑りをしてゐると、彼は彼れで、氷の張つてない草の上へ、別に小さな滑り場をこしらへる。

 天狗跳びをすると、彼は、徹頭徹尾、臺になつてゐる方がいゝと云ふ。

 人取りの時は、自由などに未練はなく、いくらでも捕まへさせる。

 そして、隱れんぼでは、あんまり巧(うま)く隱れて、みんなが彼のことを忘れてしまふ。

 

[やぶちゃん注:「彼れで」はママ。

「氷滑り」これの前者は原文を見るに、スケートではなく、斜面に出来た多くの者が楽しむ大きな自然の氷の「滑り台」のことと読める。

「天狗跳び」「馬跳び」のやうな遊びであろう。

「人捕り」「はないちもんめ」に類似した遊びか。]

 

 

      十二

 

 子供たちは丈(せい)くらべをしてゐる。

 一と目見たゞけで、兄貴のフエリツクスが、文句なしに、首から上他のものより大きい。しかし、にんじんと姉のエルネステイヌとは、一方がたかの知れた女の子だのに、これは肩と肩とを並べてみないとわからない。そこで、姉のエルネステイヌは、爪先で背伸びをする。ところが、にんじんは、狡いことをやる。誰にも逆ふまいとして、輕く腰をかゞめるのである。これで、心もち高低のあるところへ、ちよつぴり、差が加はるのである。

 

 

      十三

 

 にんじんは、女中のアガアトに、次のやうに忠告をする――

 「奧さんとうまく調子を合はせようと思ふなら、僕の惡口(わるぐち)を云つてやり給へ」

 これにも限度がある。

 といふのは、ルピツク夫人は、自分以外の女が、にんじんに手を觸れようものなら、承知しないのである。

 近所の女が、たまたま、彼を打(ぶ)つと云つて脅(おどか)したことがある。ルピツク夫人が駈けつける。えらい權幕だ。息子は、恩を感じ、もう、顏を輝やかしてゐる。やつと連れ戾される。

 「さあ、今度は、母さんと二人きりだよ」

と、彼女は云ふ。

 

 

      十四

 

 「猫撫聲! それや、どんな聲を云ふんだい?」

 にんじんは小さなピエエルに訊ねる。このピエエルは、おつ母さんに甘やかされてゐるのである。

 おほよそ合點が行つたところで、彼は叫ぶ――

 「僕あ、そんなことより、一度でいゝから、馬鈴薯の揚げたのを、皿から、手づかみで食つてみたい。それから、桃を半分、種のある方だぜ、あいつをしやぶつてみたいよ」

 彼は考へる――

 「若し母さんが、僕を可愛くつて可愛くつて食べちまふつていふんだつたら、きつと眞つ先に、鼻つ柱へ嚙りつくだらう」

 

[やぶちゃん注:「ピエエル」この少年は今までの本作中には出てこない。]

 

 

      十五

 

 時々は、姉のエルネスチイヌも兄貴のフエリツクスも、遊び倦きると、自分たちの玩具を氣前よくにんじんに貸してやる。にんじんはかうして、めいめいの幸福を一部分づゝ取つて、愼ましく自分の幸福を組み立てるのである。

 で、彼は、決して、餘り面白く遊んでゐるやうな風は見せない。玩具を取返されるのが怖いからだ。

 

[やぶちゃん注:「玩具」戦後版のルビを参考にするなら、「おもちや」である。]

 

 

      十六

 

にんじん――ぢや、僕の耳、そんなに長すぎるなんて思はない?

マチルド――變な恰好だと思うふわ。どら、貸してごらんなさい。こんなかへ泥を入れで、お菓子を作りたくなるわ。

にんじん――母(かあ)さんがこいつを引つ張つて、熱くしときさへすれや、ちやんとお菓子が燒けるよ。

 

 

      十七

 

 

 「文句を云ふのはおよし! 何時までもうるさいね。ぢや、お前は、あたしより父さんの方が好きなんだね」

と、ルピツク夫人は、折にふれ、云ふのである。

 「僕は現在のまゝさ。なんにも云はないよ。たゞ、どつちがどつちより好きだなんてことは、絕對にない」

と、にんじんの心の聲が應へる。

 

[やぶちゃん注:最後の心内語は二重鍵括弧が普通だが、最後の一行で読者を裏切る効果が抜群で、このままでよい。]

 

 

      十八

 

ルピツク夫人――なにしてるんだい、にんじん?

にんじん――なにつて、知らないよ。

ルピツク夫人――さういふのは、つまり、また、ろくでもないことをしてるつていふこつた。お前は、一體、何時でも、知つてゝするのかい、そんなことを?

にんじん――かうしてないと、なんだか淋しいんだもの。

 

[やぶちゃん注:不思議なシークエンスである。最後の「にんじん」の台詞は、「僕は、何時でも、自分でも判らないろくでもないことをしていないと、「なんだか淋しいんだもの。」と応じているのである。こういう認識は通常の見当識が僅かに欠けている境界例的な発達障害の可能性を「にんじん」に私は感じているのである。]

 

 

      十九

 

 母親が自分のほうを向いて笑つてゐると思ひ、にんじんは、うれしくなり、こつちからも笑つてみせる。

 が、ルピツク夫人は、漠然と、自分自身に笑ひかけてゐたのだ。それで、急に、彼女の顏は、黑すぐりの眼を並べた暗い林になる。

 にんじんは、どぎまぎして、隱れる場所さへわからずにゐる。

 

[やぶちゃん注:「黑すぐり」「木の葉の嵐」の私の同注を參照。「クロスグリの実のような恐ろしい闇に似た濃い紫色の」眼の色の謂い。海外版の心霊映像見たようにキビが悪い。]

 

 

      二十

 

 「にんじん、笑ふ時には、行儀よく、音を立てないで笑つておくれ」

 と、ルピツク夫人は云ふ。

 「泣くなら泣くで、どうしてだか、それが云へないつて法はない」

 と、彼女は云ふ。

 彼女は、また、かうも云ふ――

 「あたしの身にもなつて下さいよ。あの子と來たら、ひつぱたいたつて、もうきゆうとも泣きやしませんよ」

 

 

      二十一

 

 なほ、彼女はかう云ふのである――

 ――空に汚點(しみ)ができたり、道の上に糞(ふん)でも落ちてると、あの子は、これや自分のものだと思つてるんです。

 ――あの子は、頭の中で何か考へてると、お尻の方は、お留守ですよ。

 ――高慢なことゝ云つたら、人が面白いつて云つてくれゝば、自殺でもし兼ねませんからね。

 

 

      二十二

 

 事實、にんじんは、水を容れたバケツで自殺を企てる。彼は、勇敢に、鼻と口とを、その中へぢつと突つ込んでゐるのである。その時、ぴしやりと、何處からか手が飛んで來て、バケツが靴の上へひつくり返る。それで、にんじんは、命を取り止めた。

 

[やぶちゃん注:「水を入れたバケツで自殺を企てる」これは「自分の意見」の「庭の井戶」同樣(同章の注を參照されたい)、そうして、本作最後のルナールの父の自殺と、母の井戸へ落下して溺死する、不吉な「自死」「死」への偶然の凶兆的伏線である。]

 

 

      二十三

 

 時として、ルピツク夫人は、にんじんのことを、かういふ風に云ふ――

 「あれや、あたしそつくりでね、毒はないんですよ。意地が惡いつていふよりや、氣が利かないつて方ですし、それに、大事(おほごと)を仕でかさうつたつて、あゝ尻が重くつちや」

 時として、彼女は、あつさり承認する――

 若し彼に、けちな蟲さへつかなければ、やがては、羽振りを利かす人間になるだらうと。

 

[やぶちゃん注:「けちな蟲さへつかなければ」この部分は、私は「あばずれ女に骨の髄まで吸われちまうことさえなけりゃ」といふ意味と採る。そして、そこでオーヴァーラップしてくるのが、ルナールの「にんじん」の執筆動機となった、ルナールの妻への強い敵意である。本作冒頭の「鷄」の「ルピツク夫人」の私の注を参照されたい。

 

 

      二十四

 

 「若し、何時か、兄貴のフエリツクスみたいに、誰かゞお年玉に木馬を吳れたら、おれは、それへ飛び乘つて、さつさと逃げちまふ」

 これが、にんじんの空想である。

 

 

      二十五

 

 彼にとつて一切が屁の河童だといふことを示すために、にんじんは、外へ出ると口笛を吹く。が、後をつけて來たルピツク夫人の姿が、ちらりと見える。口笛は、ぱつたり止まる。恰も彼女が、一錢の竹笛を齒で嚙み破つたかの如く、そいつは痛ましい。

 それはさうと、嚏(くさめ)が出る時、彼女がひよつこり現はれたゞけで、それが止つてしまふことも事實だ。

 

 

      二十六

 

 彼は、父親と母親の間で、橋渡しを勤める。

 ルピツク氏は云ふ――

 「にんじん、このシャツ、釦が一つ脫(と)れてる」

 にんじんは、そのシヤツをルピツク夫人のところへ持つて行く。すると、彼女は云ふ――

 「お前から、指圖なんかされなくつたつていゝよ」

 しかし、彼女は、針箱を引寄せ、釦を縫ひつける。

 

 

      二十七

 

 「これで、父さんがゐなかつたら、とつくの昔、お前は、母さんをひどい目に遭はしてるとこだ。この小刀を心臟へ突き刺して、藁の上へ轉がしといたにきまつてる」

と、ルピツク夫人は叫ぶ。

 

 

      二十八

 

 「洟をかみなさい!」

 ルピツク夫人は、ひつきりなしに云ふ。

 にんじんは、根氣よく、ハンケチの表側へかみ出す。間違つて裏側へやると、そこをなんとか誤魔化す。

 なるほど、彼が風邪を引くと、ルピツク夫人は、彼の顏へ蠟燭の脂を塗り、姉のエルネスチイヌや兄貴のフエリツクスが、しまいに妬けるほど、べたべたな顏にしてしまふ。それでも、母親は、にんじんのために、特にはう附け加へる――

 「これや、どつちかつて云へば、惡いことぢやなくつて、善いことなんだよ。頭ん中の腦が淸(せい)々するからね」

 

[やぶちゃん注:「洟」「はな」。]

 

 

      二十九

 

 ルピツク氏が、今朝から彼を揶揄ひ通しなので、つい、にんじんは、どえらいことを云つてしまつた。

 「もう、うるさいツたら、馬鹿野郞!」

 遽かに、周圍の空氣が凍りつき、眼の中に、火の塊ができたやうに思はれる。

 彼は口の中でぶつぶつ云ふ。危(あぶ)ないと見たら、地べたへ潜り込む用意をしてゐる。

 が、ルピツク氏は、何時までも、何時までも、彼を見据えてゐる。しかも、危(あぶ)ない氣配は見えない。

 

[やぶちゃん注:「遽かに」「にはかに」。

「周圍」戦後版は『まわり』とルビする。それを採る。]

 

 

      三十

 

 姉のエルネステイヌは、間もなくお嫁に行くのである。で、ルピツク夫人は、彼女に、許婚と散步することを許す。但し、にんじんの監視の下にである。

 「先へ行きなさいよ。駈け出したつていゝわ」

 彼女は、かう云ふ。

 にんじんは先へ步く。一所懸命に駈け出しては見る。犬がよくやるあの走り方だ。がうつかり、速度を緩めやうものなら、彼の耳に慌たゞしい接吻(キス)の音が聞こえて來るのである。

 彼は咳拂ひをする。

 神經が高ぶつて來る。丁度、村の十字架像の前で、彼は帽子を脫いだ序に、そいつを地べたに叩きつけ、足で踏み躪り、そして叫ぶ――

 「おれなんか、絕對に、誰も愛してくれやしない!」

 それと同時に、ルピツク夫人が、しかもあの素捷(すばや)い耳で、唇のへんに微笑を浮べながら、塀(へい)の後(うし)ろから、物凄い顏を出した。

 すると、にんじんは、無我夢中で附け足す――

 「それや、母さんは別さ」

 

[やぶちゃん注:「許婚」「いひなづけ」。この姉「エルネステイヌ」のモデルであるアメリー・ルナール(Amélie Renard:ジュールより五歳年上)は一八八三年七月(当時のジュールは満十九歳)に、フランスの中南東部のロワール県県庁所在地であるサン=テティエンヌ(Saint-Étienne)のリボン卸売り商人であったアルベール・ミランと結婚している。なお、この年の九月以降には、ジュールは本格的な執筆活動をし始めてもいる。さても――水を差すようだが――この前年としても、既に十八歳で、この最後を括る小話にしては、自身がモデルとしては、あまりに大人になっちまった「にんじん」に過ぎ、創作性が強いことが推察されるのである。

「監視の下に」戦後版を見るに、「かんしのもとに」である。

「がうつかり」ママ。戦後版は『が、うっかり』となっているから、誤植(脱記号(読点))の可能性が高いか。

   *

 本章全体の原本は、ここから。

 なお、原文の最後の“FIN”と猫の挿絵は、戦後版にはなく、昭和四五(一九七〇)年明治図書刊の『明治図書中学生文庫14』の倉田清訳にもないもので、「Internet archive」の原本(但し、一九〇二年版)の本文パートの最後(ここ)にあるものを用いた(後者の猫の画像はscreen shot で読み込んだものをトリミングし、ぼやけているのを、かなりの回数、補正したものである)。

 

 

 

 

    L’Album de Poil de Carotte

 

    I

 

   Si un étranger feuillette l’album de photographies des Lepic, il ne manque pas de s’étonner. Il voit sœur Ernestine et grand frère Félix sous divers aspects, debout, assis, bien habillés ou demi-vêtus, gais ou renfrognés, au milieu de riches décors.

   – Et Poil de Carotte ?

   – J’avais des photographies de lui tout petit, répond madame Lepic, mais il était si beau qu’on me l’arrachait, et je n’ai pu en garder une seule.

   La vérité c’est qu’on ne fait jamais tirer Poil de Carotte.

 

    II

 

   Il s’appelle Poil de Carotte au point que la famille hésite avant de retrouver son vrai nom de baptême.

   – Pourquoi l’appelez-vous Poil de Carotte ? À cause de ses cheveux jaunes ?

   – Son âme est encore plus jaune, dit madame Lepic.

 

    III

 

   Autres signes particuliers :

   La figure de Poil de Carotte ne prévient guère en sa faveur.

   Poil de Carotte a le nez creusé en taupinière.

   Poil de Carotte a toujours, quoi qu’on en ôte, des croûtes de pain dans les oreilles.

   Poil de Carotte tète et fait fondre de la neige sur sa langue.

   Poil de Carotte bat le briquet et marche si mal qu’on le croirait bossu.

   Le cou de Poil de Carotte se teinte d’une crasse bleue comme s’il portait un collier.

   Enfin Poil de Carotte a un drôle de goût et ne sent pas le musc.

 

    IV

 

   Il se lève le premier, en même temps que la bonne. Et les matins d’hiver, il saute du lit avant le jour, et regarde l’heure avec ses mains, en tâtant les aiguilles du bout du doigt.

   Quand le café et le chocolat sont prêts, il mange un morceau de n’importe quoi sur le pouce.

 

    V

 

   Quand on le présente à quelqu’un, il tourne la tête, tend la main par-derrière, se rase, les jambes ployées, et il égratigne le mur.

   Et si on lui demande :

   – Veux-tu m’embrasser, Poil de Carotte ?

   Il répond :

   – Oh ! ce n’est pas la peine !

 

    VI

 

     MADAME LEPIC

   Poil de Carotte, réponds donc, quand on te parle.

     POIL DE CAROTTE

   Boui, banban.

     MADAME LEPIC

   Il me semble t’avoir déjà dit que les enfants ne doivent jamais parler la bouche pleine.

 

    VII

 

Il ne peut s’empêcher de mettre ses mains dans ses poches. Et si vite qu’il les retire, à l’approche de madame Lepic, il les

retire trop tard. Elle finit par coudre un jour les poches, avec les mains.

 

    VIII

 

   – Quoi qu’on te fasse, lui dit amicalement parrain, tu as tort de mentir. C’est un vilain défaut, et c’est inutile, car toujours tout se sait.

   – Oui, répond Poil de Carotte, mais on gagne du temps.

 

    IX

 

   Le paresseux grand frère Félix vient de terminer péniblement ses études.

   Il s’étire et soupire d’aise.

   – Quels sont tes goûts ? lui demande M. Lepic. Tu es à l’âge qui décide de la vie. Que vas-tu faire ?

   – Comment ! Encore ! dit grand frère Félix.

 

    X

 

   On joue aux jeux innocents.

   Mlle Berthe est sur la sellette :

      – Parce qu’elle a des yeux bleus, dit Poil de Carotte.

   On se récrie :

   – Très joli ! Quel galant poète !

   – Oh ! répond Poil de Carotte, je ne les ai pas regardés. Je dis cela comme je dirais autre chose. C’est une formule de convention, une figure de rhétorique.

 

    XI

 

   Dans les batailles à coups de boules de neige, Poil de Carotte forme à lui seul un camp. Il est redoutable, et sa réputation s’étend au loin parce qu’il met des pierres dans les boules.

   Il vise à la tête : c’est plus court.

   Quand il gèle et que les autres glissent, il s’organise une petite glissoire, à part, à côté de la glace, sur l’herbe.

   À saut de mouton, il préfère rester dessous, une fois pour toutes.

   Aux barres, il se laisse prendre tant qu’on veut, insoucieux de sa liberté.

   Et à cache-cache, il se cache si bien qu’on l’oublie.

 

    XII

 

   Les enfants se mesurent leur taille.

   À vue d’œil, grand frère Félix, hors concours, dépasse les autres de la tête. Mais Poil de Carotte et s œur Ernestine, qui pourtant n’est qu’une fille, doivent se mettre l’un à côté de l’autre. Et tandis que sœur Ernestine se hausse sur la pointe du pied, Poil de Carotte, désireux de ne contrarier personne, triche et se baisse légèrement, pour ajouter un rien à la petite idée de différence.

 

    XIII

   Poil de Carotte donne ce conseil à la servante Agathe :

   – Pour vous mettre bien avec madame Lepic, dites-lui du mal de moi.

   Il y a une limite.

   Ainsi madame Lepic ne supporte pas qu’une autre qu’elle touche à Poil de Carotte.

   Une voisine se permettant de le menacer, madame Lepic accourt, se fâche et délivre son fils qui rayonne déjà de gratitude.

   – Et maintenant, à nous deux ! lui dit-elle.

 

    XIV

 

   – Faire câlin ! Qu’est-ce que ça veut dire ? demande Poil de Carotte au petit Pierre que sa maman gâte.

   Et renseigné à peu près, il s’écrie :

   – Moi, ce que je voudrais, c’est picoter une fois des pommes frites, dans le plat, avec mes doigts, et sucer la moitié de la pêche où se trouve le noyau.

   Il réfléchit :

   – Si madame Lepic me mangeait de caresses, elle commencerait par le nez.

 

    XV

 

   Quelquefois, fatigués de jouer, sœur Ernestine et grand frère Félix prêtent volontiers leurs joujoux à Poil de Carotte qui, prenant ainsi une petite part du bonheur de chacun, se compose modestement la sienne.

   Et il n’a jamais trop l’air de s’amuser, par crainte qu’on ne les lui redemande.

 

    XVI

 

     POIL DE CAROTTE

   Alors, tu ne trouves pas mes oreilles trop longues ?

     MATHILDE

   Je les trouve drôles. Prête-les-moi ? J’ai envie d’y mettre du sable pour faire des pâtés.

     POIL DE CAROTTE

   Ils y cuiraient, si maman les avait d’abord allumées.

 

    XVII

 

   – Veux-tu t’arrêter ! Que je t’entende encore ! Alors tu aimes mieux ton père que moi ? dit, çà et là, madame Lepic.

   – Je reste sur place, je ne dis rien, et je te jure que je ne vous aime pas mieux l’un que l’autre, répond Poil de Carotte de sa voix intérieure.

 

    XVIII

 

     MADAME LEPIC

   Qu’est-ce que tu fais, Poil de Carotte ?

     POIL DE CAROTTE

   Je ne sais pas, maman.

     MADAME LEPIC

   Cela veut dire que tu fais encore une bêtise. Tu le fais donc toujours exprès ?

     POIL DE CAROTTE

   Il ne manquerait plus que cela.

 

    XIX

 

   Croyant que sa mère lui sourit, Poil de Carotte, flatté, sourit aussi.

   Mais madame Lepic qui ne souriait qu’à elle-même, dans le vague, fait subitement sa tête de bois noir aux yeux de cassis.

   Et Poil de Carotte, décontenancé, ne sait où disparaître.

 

    XX

 

   – Poil de Carotte, veux-tu rire poliment, sans bruit ? dit madame Lepic.

   – Quand on pleure, il faut savoir pourquoi, dit-elle.

   Elle dit encore :

   – Qu’est-ce que vous voulez que je devienne ? Il ne pleure même plus une goutte quand on le gifle.

 

    XXI

 

   Elle dit encore :

   – S’il y a une tache dans l’air, une crotte sur la route, elle est pour lui.

   – Quand il a une idée dans la tête, il ne l’a pas dans le derrière.

   –Il est si orgueilleux qu’il se suiciderait pour se rendre intéressant.

 

    XXII

 

   En effet Poil de Carotte tente de se suicider dans un seau d’eau fraîche, où il maintient héroïquement son nez et sa bouche, quand une calotte renverse le seau d’eau sur ses bottines et ramène Poil de Carotte à la vie.

 

    XXIII

 

   Tantôt madame Lepic dit de Poil de Carotte :

   – Il est comme moi, sans malice, plus bête que méchant et trop cul de plomb pour inventer la poudre.

   Tantôt elle se plaît à reconnaître que, si les petits cochons ne le mangent pas, il fera, plus tard, un gars huppé.

 

    XXIV

 

   – Si jamais, rêve Poil de Carotte, on me donne, comme à grand frère Félix, un cheval de bois pour mes étrennes, je saute dessus et je file.

 

    XXV

 

   Dehors, afin de se prouver qu’il se fiche de tout, Poil de Carotte siffle. Mais la vue de madame Lepic qui le suivait, lui coupe le sifflet. Et c’est douloureux comme si elle lui cassait, entre les dents, un petit sifflet d’un sou.

   Toutefois, il faut convenir que dès qu’il a le hoquet, rien qu’en surgissant, elle le lui fait passer.

 

    XXVI

 

   Il sert de trait d’union entre son père et sa mère. M. Lepic dit :

   – Poil de Carotte, il manque un bouton à cette chemise.

   Poil de Carotte porte la chemise à madame Lepic, qui dit :

   – Est-ce que j’ai besoin de tes ordres, pierrot ?

   mais elle prend sa corbeille à ouvrage et coud le bouton.

 

    XXVII

 

   – Si ton père n’était plus là, s’écrie madame Lepic, il y a longtemps que tu m’aurais donné un mauvais coup, plongé ce couteau dans le cœur, et mise sur la paille !

 

    XXVIII

 

   – Mouche donc ton nez, dit madame Lepic à chaque instant.

   Poil de Carotte se mouche, inlassable, du côté de l’ourlet. Et s’il se trompe, il rarrange.

   Certes, quand il s’enrhume, madame Lepic le graisse de chandelle, le barbouille à rendre jaloux sœur Ernestine et grand frère Félix. Mais elle ajoute exprès pour lui :

   – C’est plutôt un bien qu’un mal. Ça dégage le cerveau de la tête.

 

    XXIX

 

   Comme M. Lepic le taquine depuis ce matin, cette énormité échappe à Poil de Carotte :

   – Laisse-moi donc tranquille, imbécile !

   Il lui semble aussitôt que l’air gèle autour de lui, et qu’il a deux sources brûlantes dans les yeux.

   Il balbutie, prêt à rentrer dans la terre, sur un signe.

   Mais M. Lepic le regarde longuement, longuement, et ne fait pas le signe.

 

    XXX

   Sœur Ernestine va bientôt se marier. Et madame Lepic permet qu’elle se promène avec son fiancé, sous la surveillance de Poil de Carotte.

   – Passe devant, dit-elle, et gambade !

   Poil de Carotte passe devant. Il s’efforce de gambader, fait des lieues de chien, et s’il s’oublie à ralentir, il entend, malgré lui, des baisers furtifs.

   Il tousse.

   Cela l’énerve, et soudain, comme il se découvre devant la croix du village, il jette sa casquette par terre, l’écrase sous son pied et s’écrie :

   – Personne ne m’aimera jamais, moi !

   Au même instant, madame Lepic, qui n’est pas sourde, se dresse derrière le mur, un sourire aux lèvres, terrible.

   Et Poil de Carotte ajoute, éperdu :

   – Excepté maman.

 

 

                                 FIN

 

 

Chat

 

 

 

[やぶちゃん注:以下、底本の表紙の次の見返しに貼り付けにされてあるもの。ここと、ここ。]

 

   譯 稿 を 終 へ て

 

     (此の一文は考ふるところあつて特に挾込となす)          

 

 この飜譯は全く自分の道樂にやつた仕事だと云つていゝ。初めはのろのろ、しまい[やぶちゃん注:ママ。]には大速力で、足かけ五年かゝつた。創作月刊、文藝春秋、作品、新科學的文藝、詩・現實、新靑年、改造等の諸雜誌に少しづゝ發表した。

 最初に斷つておきたいことは、この小說を作者自身が脚色して同じ題の戲曲にした、それを、畏友山田珠樹君がもう七八年前、「赤毛」といふ題で飜譯をし、これが相當評判になつて、今日ルナアルの「ポアル・ド・キヤロツト」は「赤毛」といふ譯名で通つてゐるかも知れないことだ。僕は、「赤毛」といふ題も結構であると思ふが、元來譯しにくい原名であるから、山田君の「赤毛」は山田君の專賣にしておいた方がよいと思ひ、湯ら異を樹てる[やぶちゃん注:「たてる」。]意味でなく、自分は自分の流儀に譯してみたまでゞある。原名を直譯すれば「人參色の毛」である。

 初版の刊行は千八百九十四年、作者三十一歲の時である。

 この小說を書き出したのは千八百九十年で、一章づゝ次ぎ次ぎに雜誌や新聞へのせた。また、ある部分は、他の形式で本にしたこともある。初版には「壺」「パンのかけら」「髮の毛」「自分の意見」「書簡」等の項目はまだ加はつてゐない。從つて、千八百九十七年版以後のものが、現在の完成した形である。

 戲曲としては、千九百年三月、アントワアヌ座でこれを上演した。

 映畫になつたのは無論ずつと後のことだが、最近デュヴイヴイエの監督で發聲映畫になり、この秋日本でも封切される筈だ。

 「にんじん」は作者自身の肖像であることは、作者の日記を見ればわかる。

 日記の中で、彼は、この作品に少しばかり顰め面を見せていゐる。ルピツク婦人の老い朽ちる有樣を眼のあたりに見る「にんじん」四十歲の心境であらう。

 ルナアルは、この書を、その二人の子供、息子フアンテツクと娘バイイ(共に愛稱)とに獻げてゐる譯者も亦、この譯書を自分の二人の娘に贈りたく思ふ。

 

  昭和八年七月

 

[やぶちゃん注:思うに、戦後版が有意にルビが増え、漢字だったものがひらがなに多く書き代えられているのは、恐らく、岸田氏の二人の娘さんが、「読めない字が多いわ。」と不平したことからの仕切り直しのように私は感じた。なお、戦後版(リンクは私のサイト版一括HTML版)の最後の岸田国士氏の解説『「にんじん」とルナアルについて』を未読の方は、是非、読まれたい。

「山田珠樹君がもう七八年前、「赤毛」といふ題で飜譯をし」国立国会図書館デジタルコレクションの「赤毛」(『フランス文學の叢書 劇の部』第九篇(ルナアル 著・山田珠樹訳・一五(一九二六)年春陽刊)がそれ。岸田氏の本書「にんじん」が出た翌昭和九(一九三四)年にも改訳版があり、そちらも同デジタルコレクションで視認出来る(白水社刊「商船テナシチー」と「赤毛―戯曲にんじん―」のカップリング版)。山田珠樹(明治二六(一八九三)年~昭和一八(一九四三)年)はフランス文学者で、東京帝国大学助教授及び司書官を務めた。フランス文学者として辰野隆・鈴木信太郎らと東大仏文科を興し、また、司書官としては関東大震災後の東大図書館復興に力を尽くした。死の主因は肺結核のようである。この作品も電子化したい気持ちに駆られてきた。]

 

[やぶちゃん注:以下は、本文最後の左ページにある本書書誌(使用された紙の仕様を含む)を含む、限定出版の記載。下方の限定番号のアラビア数字はナンバリングによる手押し。]

 

 

ジユウル ルナアル作岸田

國士譯「にんじん」は越前國

今立郡岡本村 杉原半四郞

鼈漉「程村」鳥の子刷を貳拾

五部(第一刷より第貳拾五     122 

册)極上質紙刷を壹千部(1

より1000)他に非賣本各若

干部を刊行し玻璃版刷原作

者肖像壹葉を各册に附錄す

 

 

[やぶちゃん注:以下、奥附。上部に「岸田」の朱印。下方に以下。なるべく、実際の字配に似せて電子化した。]

 

 

發  行   福   岡    淸

印  刷   岩 本  米 次 郞

        森  田     巖

製  本   中  野  和  一

        麻  生  勇 助

譯   者 岸  田  國  士

 

東京都神田區小川町三丁目八番地

發行所    白    水    社

 

東京都赤坂區靑山南町二丁目十六番地

印刷所    愛    光    堂

 

昭和八年七月二十五日印刷同年八月

八日發行    頒價參圓五拾錢

 

« 柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「手を借る」 | トップページ | フライング単発 甲子夜話卷五十 8 千手院の妖 »