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2024/01/29

甲子夜話卷之八 18 高倉宰相家傳唐櫃のこと幷圖

[やぶちゃん注:これまでのフライング単発で、恣意的正字化変換や推定歴史的仮名遣の読みは勿論、句読点・記号変更・追加、段落成形を行ってきた関係上、以下でも、読者の読み易さを考え、「卷之七」の後半で既にその処理を始めているのだが、それをルーティンに正式に採用することとする。なお、カタカナの読みは、静山自身が振ったものである。

 図は底本の『東洋文庫』版からOCRで読み込み、トリミング補正した。]

 

8-18 高倉宰相家傳唐櫃(からびつ)のこと幷(ならびに)

 予、去年、衣紋のことにて、高倉家に入門したり。

 今春、官家の御用にて、宰相殿、出府せられしかば、その旅館に往(ゆき)て逢ふ。

 居間の側(かたはら)に、大(おほき)なる櫃(ひつ)あり。

 紺地、大和錦の覆(おほひ)を、かけたり。

 予、これを問(とひ)ければ、

「こは、豐臣太閤のとき、某(それがし)が祖先、往來せしに、裝束を入れし唐櫃なり。これ、乃(すなはち)、當時の物なり。」

と云(いは)れしかば、近寄(ちかより)て、細視(さいし)せしに、尋常の唐櫃よりは、大きく、桐紋を蒔繪(まきゑ)にしたり。其大さなど、大抵、覺えしを、下に圖したり。

 白布(しらぬの)の緖(を)は、櫃を結び、棒、以て、かつぐ料(れう)。今、旅行には、「わく」を構へ、武家の具足櫃(ぎそくびつ)の如くして、持(もた)せらるなど、云はれし。

 面白き古物(こぶつ)なり。

 

Hitu

 

[やぶちゃん注:キャプションは、左上の箱の底の受け箱の左上に、

「中ノ底ハ

 格子ナリ」

右の隅の脇に、

「此所フチアリ」

右の底の脇に、

「此所和忘レタリ」

とあるので、図では素板であるが、何か細工が施されたあったのかも知れない。

手前の角のやや左寄りに、

此所ニ如此スカシアリ

とある。「丸菱」様の抜き型を指す。

櫃本体の左上部外に、

「三尺二三寸ホド」

とあり、以下、時計回りに、

「二尺九寸バカリ」

「此処高サ足迠二尺一寸余」

「緒コノ

  アタリニ

  タグリテ

   見エタリ」

手前上部に、

「此所ニモ

 金具に桐ノ紋アリタリ」

とある(この「桐ノ紋」を拡大して描いたのが、左下の図。次のキャプション参照)。

櫃の手前下部に、

「金具」

左端に櫃の上部左に、

「此辺アリタルカ忘レタリ」

同下方に、

「此紋後ニ出セル桐ノ紋

ナリ其外マ見エザリシ

 故覺エズ」

である。なお、この形の桐紋は、「五七桐」を全体的にデフォルメして、輪郭のみで描いたもので、豊臣筆吉が使用した一つとして知られ、特に「太閤桐」と呼ばれるものである。]

 

■やぶちゃんの呟き

「高倉宰相家」藤原北家藤原長良の子孫にあたる従二位参議高倉永季を祖とする公家。高倉の家名は、邸宅が京都の高倉にあったことによる。代々、朝廷の装束を担当し、「衣紋道」を家職とした。参照した当該ウィキによれば、家紋は「笹竜胆」で、主な本拠地は、現在の京都市左京区永観堂町(グーグル・マップ・データ)であったとする。

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