柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「牧野家妖怪」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
牧野家妖怪【まきのけようかい】 〔甲子夜話続篇巻三十四〕予<松浦静山>が中《うち》に白拍子を為す一婦あり。年若き時は歌舞伎の笛鼓《つづみ》などして、諸方に往きて囃子をしけり。或とき海粟橋(かいぞくばし)なる牧野侯にこのことありて往きしに、夜に及んで大雨し風荒れて困りたれば、歌舞も畢《をは》りぬれど、今夜は一宿したしと請ひしが、傅女《ふぢよ》の輩《はい》、一宿協《かな》ひがたし、還るべしと云ふ故、ひたすら願へば、さらば宿すべしとて、奥の広き間に臥《ふせ》しめたり。某も一人にもあらで、年老いたる婦と共に往きければ、共に臥しゝが、夜半も過ぎたる時、人の来《きた》る音しけり。某はよくねいりしが、老婦はねもやらで有りしに、身の長け五尺にも越ゆる色白き女、赤き袴を著て歩み来り、寝たる所に近寄り、並び臥したる者一人づゝ夜著《やぎ》をまくり、寝息をかぎつゝ行き過ぎたり。かの老婦も同じくせしが、目覚めたらば害にもや遭はんと、寝入りたる体《てい》にしたれば、頓《やが》て行き去りたり。それより怖ろしさ弥(いや)増し、添臥したりし某をゆり起し、かくと告ぐれば、某も驚きて傅女に暇《いとま》を乞ひ、未だ暁(あけ)ざるに雨風を侵して出つゝ、走るが如く家に帰りぬと語れり。この長け高き女は彼《かの》邸《やしき》の妖怪にて、年久しくこのことあり。因《よつ》て件《くだん》の歌舞伎の如きにも、これを秘するが為に宿せざらしめしなりと、後に彼婦聞くと云ひし。
[やぶちゃん注:事前に「フライング単発 甲子夜話卷三十四 16 海賊橋某侯邸の妖怪幷千住の死婦」を電子化注しておいた。なお、宵曲は、当該話の後半の「千住の死婦」をカットしている。]
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