フライング単発 甲子夜話卷三十四 16 海賊橋某侯邸の妖怪幷千住の死婦
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして、句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。カタカナは静山が施したルビ。二つの話が、改行であるので、間に「*」を挿入した。]
34―16 海賊橋某侯邸(やしき)の妖怪幷(ならびに)千住の死婦(しふ)
予が中(うち)に白拍子(しらびやうし)を爲す一婦あり。
年若きときは、哥舞伎(かぶき)の笛鼓(つづみ)などして、諸方に往(ゆき)て、囃子(はやし)をしけり。
或とき、海栗橋(カイゾクバシ)なる牧野侯に、此ことありて、往きしに、夜に及んで、大雨(おほあめ)し、風、荒れて、困りたれば、歌舞も畢(をは)りぬれど、
「今夜は、一宿(いちしゆく)したし。」
と請(こひ)しが、傅女(ふぢよ)の輩(はい)、
「一宿、協(かな)ひがたし。還るべし。」
と云(いふ)ゆゑ、ひたすら、願へば、
「さらば、宿すべし。」
迚(とて)、奧の廣き間(ま)に臥(ふせ)しめたり。
某(なにがし)も、一人にもあらで、年老たる婦と共に往きければ、共に臥しゝが、夜半も過(すぎ)たるとき、人の來(きた)る音、しけり。
某は、よくねいりしが、老婦は、ねもやらで有(あり)しに、身の長け、五尺にも越(こゆ)る、色、白き女、赤き袴を着て、步み來り、寢(いね)たる所に近寄(ちかよ)り、並び臥したる者を、一人づゝ、夜着(やぎ)を、まくり、寢息を、かぎつゝ行過(ゆきすぎ)たり。
かの老婦も、同じくせしが、
『目覺(めざめ)たらば、害にもや遭(あ)はん。』
と、寢入(ねいいり)たる體(てい)にしたれば、頓(やが)て、行去(ゆきさり)たり。
夫(それ)より、怖しさ、彌(イヤ)まし、添臥(そひふし)たりし某を、ゆり起し、
「かく。」
と告(つぐ)れば、某も驚(おどろき)て、傅女に、暇(いとま)を乞(こひ)、未だ曉(あけ)ざるに、雨風(あめかぜ)を侵して出(いで)つゝ、走るが如く、家に歸りぬと、語れり。
この長(た)け高き女は、
「彼(かの)邸(やしき)の妖怪にて、年久しく、此こと、あり。因(よつ)て件(くだん)の哥舞伎の如きにも、これを祕するが爲に、宿せざらしめし也。」
と、後に彼婦、聞くと、云(いひ)し。
■やぶちゃんの呟き
二ヶ所、どうも、尻の座りが悪い、気になるところがある。一つは「並び臥したる者を、一人づゝ」のところで、彼ら二人が奥の広間に寝たとしか読めないのに、それ以外に寝ている者がいるとなっていることで、今一つは、「因て件の哥舞伎の如きにも」というのが、以下の文と上手く合っていない点である。
「海賊橋某侯邸」「海栗橋(カイゾクバシ)なる牧野侯」「海賊橋」が本来の橋名で、「海栗」は当て字。明治になって「海運橋」と改名した。ここ(「人文学オープンデータ共同利用センター」の「築地八町堀日本橋南絵図(位置合わせ地図)」)。現在は橋の親柱のみが残る(グーグル・マップ・データ)。にしても、「目錄」は「某侯邸」であるのに、本文では「牧野邸」(リンク先の「江戸切絵図」の「牧野河内守」邸。丹後田辺藩の牧野家)とバレてあるのは、どういうこと?
「白拍子」ここは、単に能楽や歌舞伎舞踊の女性楽人のことと思われる。
「傅女」貴人に傅(かしず)く侍女。
*
又、近頃のことにて、千住の刑場のあたり、人ばなれの處に、夜更けて、小兒の泣く聲、せり。
其邊(そのあたり)の人、聞つけ出(いで)みるに、三、四歲の小兒の聲なり。
あやしみつゝ、聲のする所に到れば、艸(くさ)むらの傍(かたはら)に、泣(なき)ゐたり。
その側(かたはら)に、又、一婦、伏しゐたり。
視れば、已に死せり。火を照し、能く見れば、廿餘(はたちあまり)、三十に及びなんと覺しき女なるが、容色も美にして、衣服も卑しからず、頭には、銀の簪(かんざし)を揷(サ)したり。
その側(そば)に、風呂鋪包(ふろしきづつみ)、あり。
披(ひら)き見れば、縮緬(ちりめん)の小袖と、鼈甲(べつかう)の上品なる大なる櫛、簪とあり。
因(よつ)て、小兒に居所(ゐどころ)等を問へども、分らず。
爲(せ)ん方なければ、張札(はりふだ)を出(いだ)し、諸所を尋索(たづねもと)めたり、と。
或人、云(いはく)、
「これは、野狐(やこ)の、好男子に變じて、欺き犯せしならん。狐は採補(さいほ)[やぶちゃん注:「捕獲」に同じ。]の術(じゆつ)を以て、誘淫(ゆういん)するゆゑ、女は、これに堪(たへ)かね、髓竭(ずいけつ/ずいけち)して、死するものなり。是も此類(このたぐひ)ならん。」
■やぶちゃんの呟き
「千住の刑場」小塚原刑場(こづかはらけいじょう/こづかっぱらけいじょう)。この附近にあった(グーグル・マップ・データ)。
「張札」近世、庶民が、公儀には訴えずに、市中や寺社の境内に「尋ね人」等の張り札をすること。
「髓竭」心神の要所をとり尽くされてしまうこと。
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