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2024/01/23

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「竜の画」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 竜の画【りゅうのえ】 〔黒甜瑣語巻三[やぶちゃん注:『ちくま文芸文庫』版では『一編ノ三』に補正されてある。]〕宝暦己卯<九年>に我藩洪水して、下中嶋の住居の人家のこらずおし流され、人数多《あまた》死せり。中嶋流れと云ひて世の物語りに残れり。北郭(きたのまる)の厨吏《ちうり》某も中嶋にて流されし家なり。彼が家の物語に、このとし東都神田𭐏(どて)<東京都千代田区内>にて雲竜の一軸を買ひ得たり。烟煤《えんばい》に混《こん》じ破壊せし旧物《ふるもの》にして、名印(ないん)もなく中に一枚の書付添《そへ》たり。その書に云へるは、この圃竜は吉山の筆にして、住吉宝殿の什物たり、標装して再び宝殿へ納むべし、俗家に置かば水難の崇りに逢ふと伝へしと記して、これも名印なし。麁物《そもつ》[やぶちゃん注:「粗末な物」。]なれば誰《たれ》も見る人もなかりしに、厨吏行きかゝり、吉山は兆殿司(てうでんす)の字(あざな)と云ふ事、ふと思ひ当り、青蚨《せいふ》七十穴に買ひて帰り、人にも見せ我も熟視するに、竜の眼光恐ろしき事云ふべからず。帰郷の節携へ下りしが、この年かの水難に遇へり。一軸を箱入《はこいり》にして明識の人に訊《と》はんと思ひ、古鏡の奩(そとへ)[やぶちゃん注:箱。]に入りし物と結《ゆ》ひ付けて置きしが、諸物と共に流れて行衛なくなりしに、程経て湊浜《みなとはま》にて拾ひとりしと云ふ沙汰を聞きしゆゑ、尋ね行きしに、四五日以前大坂の者に懇望せられ買ひとられしが、その者今は居らずとて空しく立帰れり。遠客具眼にて買得たりとは見えたれども、事実も詳かにせずして人の物にせしぞ、不分事《ねなきこと》[やぶちゃん注:以下の活字本のルビ。「根拠のない理不尽な行い」の意であろう。]と語り合ヘりとなん。

[やぶちゃん注:「空木の人」で既出既注。国立国会図書館デジタルコレクションの活字本(明治二九(一八九六)年版)のこちらで視認出来る。標題は『中島流』。

「宝暦己卯」「九年」一七五九年。

「下中嶋」秋田県大仙市下鴬野下中嶋(グーグル・マップ・データ)。見るからに二つの川の合流点で、洪水被害に襲われるのも納得される。

「北郭(きたのまる)」旧角館城の北の一画。

「厨吏」厨(台所)の担当役人。

「東都神田𭐏(どて)」「東京都千代田区内」神田川に沿った「柳原土手」のことであろう。「吟醸の館」チームのサイト「落語の舞台を歩く」の「柳原土手地図」が、江戸切絵図と現在の地図が対比視認出来るので、見られたい。

「吉山」南北朝後半から室町前・中期の臨済宗の画僧山明兆(きつさんみんちょう 正平七/文和元(一三五二)年~永享三(一四三一)年)であろう。

「住吉宝殿」大阪の住吉大社であろう。

「青蚨」本来は「昆虫のカゲロウの異名」とする。また、「銭」の異称。小学館「日本国語大辞典」の「補注」によれば、虫のカゲロウの『母子の血を取って』、『それぞれを銭の面に塗り、その片方を使えば、残った片方を慕って飛ぶように還ってくるという』「捜神記」の巻十三に載る『故事から転じて』、『銭貨のことをいうとされる。挙例の「壒嚢鈔」』(あいのうしょう:室町時代中期に編纂された辞典。全七巻)には『「然を銭の名とすることは、此虫能く多くの子を生む。爰以て世俗取て、此虫を塗レ銭、則ち其の銭多く生レ子と云へり。故に祝レ銭を青蚨と云也。又子母銭共云也」とあり、また、かげろうのように銭貨のはかないことをたとえたとする考えもある』とある。「穴」は穴開き銭の数詞。

「湊浜」不詳だが、河川の流れと「浜」から、秋田市の雄物川河口附近か。]

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