柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「不動堂の賊」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
不動堂の賊【ふどうどうのぞく】 〔甲子夜話巻十一〕十二三年前のこととぞ。或夜薬研堀《やげんぼり》<東京都中央区内>の不動の屋《をく》に盗《ぬすびと》入りしが、仏前に跪伏(きふく)して動かず。人不審に思ひ、何者ぞと訊(と)ひたれば、その人次第にわなわなと震へ身すくみたる体《てい》なり。弥〻不審に思ひ、住僧も出来ていかにと問ふに、かの者云ふやうは、某《それがし》は物を取らんとて、こゝに入りたるが、不動の御前とて身すくみ動くこと不ㇾ能。今は何をかつつみ候べき、懺悔(さんげ)いたし候ゆゑ、何とぞ命を助け給はれとて、ますます戦慄せり。僧侶曰く、霊応かくも有るべし、尚も祈りて、その罪を消さんとて、仏前の燈を挑げ燭を点じ、扉を啓(ひら)き帷(とばり)を褰《かか》げなどして祈りければ、盗やがて常に復したる体《てい》にて、前罪を謝し、後来は改め慎むべしと出で還れり。僧侶及び諸人奇特のことに思ひき。この翌夜かの盗前夜燈燭の光を以て屋内をよく見尽して内殿に入り、諸具賽銭等皆取去りけるとぞ。定めて後に冥罰《みやうばつ》もありつらんかし。
[やぶちゃん注:事前に「フライング単発 甲子夜話卷十一 16 藥硏堀不動に盜入し事」を電子化注しておいた。]
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