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2024/01/29

譚海 卷之六 越後國くびきおちや蒲原郡等冬月風俗幷信州うすひ峠雪の事

[やぶちゃん注:これまでのフライング単発で、推定歴史的仮名遣の読みは勿論、句読点・記号変更・追加、段落成形を行ってきた関係上、以下でも、読者の読み易さを考え、「卷之六」以降、それをルーティンに正式に採用することとする。標題の「くびき」は本文に出る通り、旧「頸城」郡で、郡域は当該ウィキを見られたい。「おちや」はママ。現在の新潟県小地谷市(おぢやし:グーグル・マップ・データ。以下同じ)。「蒲原郡」は新潟の旧郡。郡域は当該ウィキを見られたい。「幷」は「ならびに」。]

 

○越後國、頸城(くびき)・おじや・蒲原郡(かんばらのこほり)の民家は、ゐろり、五間四方ほどづつ、有(あり)。

 夫(それ)ヘ、大木を、丸のまゝ、伐(きり)て、薪(たきぎ)となし、用ゆ。

 雪中などには、夜中も、はだかにて、其ゐろりの灰の中へ寢(ね)、ふし、する故、夜具の類(たぐひ)、一切、いらず、すはだかにて、寝るゆゑ、男女とも背の皮は、皆、灰黑也。

 又、信州うすひ峠[やぶちゃん注:ママ。碓氷峠。]の邊にては、雪のふかく積(つもり)たるときは、山上より、雪、なだれ落(おつ)る、それを所の者は「ぞれ」といひて、はなはだ、恐(おそる)る事也。

 雪の「ぞれ」、山上の石を包(つつん)で落(おつ)る故、人にあたるときは、打殺(うちころ)され死する也。牛馬も、是に當れば、死する事を、まぬかれず。

 出羽の國にては、是を「なで」と云(いひ)、「ぞれ」は信州の方言也。

 又、天氣よき日、雪後(せつご)に、坂本(さかもと)にとまりて、うすひ峠をこえん、とせしかば、宿の亭主、堅くとゞめて、

「いまだ、輕井澤より、今朝(けさ)、來(きた)る人、なし。かならず、とうげ、こえがたかるべし。晝まで待合(まちあひ)給ひて、こえ來る人あらば、行(ゆき)給ふべ。」

と、いひけれど、

「かほど、快晴なる天氣の、何とて、いかやうの事、ある。」

とて、しひて[やぶちゃん注:ママ。]、出立(しゆつたつ)しければ、

「さらば、先(まづ)、おはして御覽ずべし。乍ㇾ去(さりながら)、けふは、越給ふ事、難かるべし。」

と云(いふ)。

 不審ながら、駕籠に乘(のり)て出(いで)けるに、峠ちかくなりて、風もなく、快晴なるに、四山(しざん)の雪を、吹(ふき)たてて、行人(ゆくひと)の眼口(めくち)に入(いり)、行先は、霧のたなびきたる如く、一向に前後を忘却して、一寸も、進みがたし。かごの者も、

「此吹雪(ふぶき)にては、峠にいたらば、死(しす)べし。」

とて、行(ゆか)ざれば、ぜひなく、もとのやどりに歸(かへり)たるに、亭主、

「さればこそ。」

とて、そこに一宿して、翌日、ゆるやかに立(たち)て、人の行來(ゆきき)あるに付(つい)て、峠を、こえける。

「かく、風もなく、快晴なるに、峠は、雪を吹立(ふきたつ)る事、暴風の如くなるは、更に心得がたき事なれども、是も、快晴の日は、地下の晴氣(せいき)、昇(のぼ)る故、其氣に吹(ふか)れて、雪を、ふき立(たて)、風の如く、かく、有(ある)事也。冬は、地中、暖氣せまれば、時々、如ㇾ此(かくのごとき)事、あるもの也。」

と、ところの人の、物がたりぬ、とぞ。

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