甲子夜話卷之八 5 轆轤首の話
[やぶちゃん注:これまでのフライング単発で、恣意的正字化変換や推定歴史的仮名遣の読みは勿論、句読点・記号変更・追加、段落成形を行ってきた関係上、以下でも、読者の読み易さを考え、「卷之七」の後半で既にその処理を始めているのだがが、それをルーティンに正式に採用することとする。なお、カタカナの読みは、静山自身が振ったものである。]
8-5
先年、能勢(のせ)伊豫守、訪來(たづねきたり)て話せし中に、
「世に『轆轤首(ろくろくび)』と謂ふもの、實(まこと)に有り。」
とて、語れり。
「末家(まつけ)、能勢十次郞の弟を、源藏、と云(いふ)。かれ、性(せい)、强直(がうちよく)、拳法を西尾七兵衞に學ぶ。七兵衞は御番衆にして、十次郞の婚家なり。源藏、師、且(かつ)、親戚を以て、常に彼《かの》家に留宿す。
七兵衞の家に一婢あり。人、
『ろくろくびなり。』
と、いへり。
源藏、あやしみて、家人に其ことを問(とふ)に、違(たが)はず。
因(よつ)て、源藏、其實(そのじつ)を視(み)んと欲し、二、三輩と俱に、夜、其家に、いたる。
家人、かの婢の寢(しん)を待(まち)て、これを告ぐ。
源藏、往(ゆき)て視るに、婢、こゝろよく寐(いね)て覺(さめ)ず。已に夜半に過(すぎ)れども、未だ異なること、なし。
やゝありて、婢の胸のあたりより、僅(わづか)に、氣を、いだすこと、寒晨(さむきあさ)に現(あらはる)る口氣(こうき)の如し。
須臾(しゆゆ)にして、やゝ盛(さかん)に甑煙(そうえん)[やぶちゃん注:「甑」(こしき=蒸し器)から登る蒸気。]の如く、肩より上は、見へぬばかりなり。
視(みる)者、大(おほい)に怪(あやし)む。
時に、桁上(けたうへ)の欄間(らんま)を見れば、彼(かの)婢の頭(かしら)、欄間にありて、睡(ねぶ)る。其狀(かたち)、梟首(けうしゆ)の如し。
視者、驚駭(きやうがい)して動くおとにて、婢、轉臥(ねがへり)すれば、煙氣も、また、消(きえ)うせ、頭は、故の如く、婢、尙、よくいねて、寤(さめ)ず。
就(つい)て[やぶちゃん注:そばに寄ってしっかりと。]視れども、異(ことな)る所、なし。」
と。
「源藏、虛妄を言ふ者にあらず。實談なるべし。」
と、なり。
又、世の人、云ふ。
「轆轤首は、其人の咽(のど)に、必ず、紫筋(むらさきのすぢ)あり。」
と。
「源藏の所ㇾ云を聞(きく)に、
『この婢、容貌、常人に異なる所、なし。但(ただし)、面色、靑ざめたり。又、此婢、如ㇾ斯(かくのごと)きを以て、七兵衞、暇(いとま)を、あたへぬ。時に、婢、泣(なき)て曰、
「某(それがし)、奉公に緣なくして、仕(つかゆ)る所、すべて、其(その)期を終(をへ)ず、皆、半(なかば)にして如ㇾ此。今、又、然り。願(ねがはく)は、期を完(まつた)ふ[やぶちゃん注:「ふ」はママ。]せん。」
と乞(こひ)しかど、彼(かの)怪あるを以て、聽入(ききい)れず、遂(つひ)に出(いだ)しぬ。
彼(かの)婢は、己が身の、かくの如きは、露(つゆ)しらぬこと、とぞ。
奇異のことも有(ある)ものなり。
予、年頃(としごろ)、「轆轤首」と云ふものゝことを訝(いぶかし)く思(おもひたるに、この實事を聞(きき)ぬ。
これ、唐(もろこし)に「飛頭蠻(ひとうばん)」と謂(いふ)ものなり。
■やぶちゃんの呟き
「能勢伊豫守」ウィキの「能勢氏」によれば、『江戸時代、能勢氏は数家に分かれ、それぞれ旗本として存続した。能勢本家は地黄陣屋を拠点として』、四千『石の交代寄合として幕末に至った。また、幕末期には庶家を含め一族は』十四『家を数え、総知行高は』一『万』三『千石を数えたとされる。現在、能勢氏の菩提寺である清普寺の境内に一族の墓所がある』とある内の一人であろう。
「轆轤首」私の怪奇談でも枚挙に遑がないほどあるが、何より、本邦の「轆轤首」を世界的に有名にしたのは、小泉八雲をおいて他にはない。私の「小泉八雲 ろくろ首 (田部隆次訳) 附・ちょいと負けない強力(!)注」を見られたい。無論、宵曲の「妖異博物館」には、「轆轤首」がある。
「婢の胸のあたりより、僅に、氣を、いだすこと、寒晨に現る口氣の如し。須臾にして、やゝ盛に甑煙の如く、肩より上は、見へぬばかりなり」この部分は(後の欄間の首は幻覚でしかないと私は退ける)、やや不思議な事実ではあるが、或いは、彼女は何らかの疾患を持っており、(例えば、結核)なのかも知れない。夜間に、胸部から上が発熱しているのやも知れぬ。下女部屋は、暗く、暖房もないから、上気したそれが、煙のように見えてもおかしくはないと思う。
「轆轤首は、其人の咽に、必ず、紫筋あり。」これも本邦の轆轤首になるという女で、しばしば言及されてある(「紅い筯」とも言う)。単に、首の皺が目立つだけで、極めて理不尽な差別に過ぎない。そうした擬似轆轤首譚の中でも、ハッピー・エンドのそれが、「耳囊 卷之五 怪病の沙汰にて果福を得し事」である。是非、読まれたい。
「飛頭蠻」は轆轤首の本家本元である中国の妖怪。但し、近世の創出になるメジャーな首が延びるタイプではなく、八雲のそれと同じで、首のみが分離して飛行(ひぎょう)する型である。正確には、身体と首(頭部)の間には、糸状の連結部があるものが多い。私の『「和漢三才圖會」巻第十四「外夷人物」より「飛頭蠻」』を見られたい。

