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2024/01/15

フライング単発 甲子夜話卷二十六 5 蛟の屬は總じて氣を吐く事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして、句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。カタカナは静山が施したルビ。]

 

26-5 蛟(みづち)の屬は總じて氣(き)を吐く事

 予が小臣某、一夜(ひとよ)、小舟に乘(じやう)じ、海上(かいしやう)に釣(つり)す。

 時(とき)、月、白(しろく)、風、淸(きよ)かりしに、白岳(しらたけ)の方(かた)を望みしかば、嶽頭より、雲、一帶を生ず。

 白色にして、綿々たり。

 遂に、半天に及び、凝(こり)て、茶盌(ちやわん)の如し。

 其傍(かたはら)に、また、雲、生じて、白鱗々(はくりんりん)たり。

 然(しか)るに、また、忽(たちまち)、黑雲、出で、漸々(ぜんぜん)、滿延[やぶちゃん注:ママ。]して、東北に彌(いきわた)れば、暴雨、降來(ふりきたり)て、浪も、また、涌(わ)くが如し。

 少頃(せうけい)にして[やぶちゃん注:暫くして。]、霽(はれ)たり。

 この雨(あめ)、山の東北のみ、降りて、西南は、降らず、と。

 予、思ふに、これ、蛟(みづち)の所爲ならん。

 蛟は、世に謂ふ「雨龍」と呼ぶものにて、山腹の土中に居《を》るものなり、と。

「荒政輯要(こうせいしふえう)」に、その害を除くことを、載せたり。

 また、世に、「窑螺(はうら)[やぶちゃん注:ホラガイ。]ぬけ」と謂(いひ)て、處々の山半(やまなかば)、俄かに震動して、雷雨、瞑冥(めいめい)[やぶちゃん注:暗いさま。]、何か飛出(とびいづ)るものあり。これを、

「窑螺の、土中に在る者、此(かく)の如し。」

と云へども、誰(たれ)も、正しく見し者も、なし。これまた、

「蛟の地中を出(いづ)るなり。」

と云ふ。

 淇園(きゑん)先生、嘗(かつ)て、話されしは、

「或士人、某の所に寓せし中(うち)のこと、とぞ。一日(あるひ)、その庭を見ゐたるに、竹籬(たけがき)の小口(こぐち)より、白氣(はくき)を生じ、纖々(せんせん)として、絲(いと)の如し。見る中(うち)に、一丈ばかり立升(たちのぼ)り、遂に一小丸(いちしやうぐわん)の如し。又、とび石の處を見れば、平石の上に、わたり、三、四尺ばかり、濡れて、雨水の如し。その人、不思議に思ひ、かの竹垣の小口を、窺(うかがひ)見たるに、氣の生ぜし竹中(たけなか)に、蜥蜴(とかげ)ゐたり、と。この蟲は、長身・四足にして、蛟の類(るゐ)なり。然(さ)れば、この屬は、みな、雨を起すものなり。」

と。

■やぶちゃんの呟き

「蛟」本邦の後代では「みづち」と読むが、古くは清音で「みつち」であった。よく書けてあるウィキの「蛟竜」を引く。『蛟龍(こうりゅう、こうりょう、蛟竜)、すなわち』、蛟(コウ/みずち/歴史的仮名遣「みづち」/中国音「jiāo」(ヂィアォ)は、本来は『中国の竜の一種、あるいは、姿が変態する竜種の幼生(成長の過程の幼齢期・未成期)だとされる』「本草綱目」『などでは鱗を有する竜類とされる』。『その眉が交生するので「蛟」の名がつけられてという任昉』(じんぼう 四六〇年~五〇八年:南朝斉から梁にかけての文学者)の「述異記」の説明が、「本草綱目」でも『引用されている』が、その記載では、『眉と眉が交差するようにもとれようが』、『これは』、『眉毛が一本につながって生えることが「交生」だとの説明もある』。『辞典』「埤雅」(ひが:北宋の陸佃によって編集された辞典。全二十巻。博覧的ではなく、主に動植物について解説した博物誌的なものである)に『よれば、俗称は「馬絆」』(中国音「maban」(マァーパァン)で『あるという』。『また』、『漢語の「蛟龍」は』、『梵語の「宮毗羅」にあたるとされる』(同じく「述異記」の引用に拠る)。『異体で「宮毘羅」とも表記』する。但し、『仏典では固有名』詞で見え、『宮毘羅』(くびら)『といえば』、『十二神将のひとりである』。『サンスクリット語の表記は kumbhīra』(クンビーラ)『で、「鼻の長い鰐類」(あるいはその神格化)を意味する』。言葉の『用法としては、「蛟龍」という表現が用いられた場合、一種類をさすのか、蛟と龍という別の二種類を並称したものか、必ずしも判然としないと指摘される』。『その一例が』、「楚辞」の「離騒」に『ある蛟竜を手招いて橋を成せ、というくだりである』。『王逸の注に拠るなら』、『この箇所では』、『小なるものを蛟、大なるものを龍と(つまり二種類)ということ』となっている。『一方、一種の蛟龍とするデ・ヴィッセル』(オランダ人でライデン大学日本語教授となった人物で、中国学者でもあるマリヌス・ウィレム・デ・フィッセル(Marinus Willem de Visser 一八七五年~一九三〇年)『(ドイツ語版)の英訳の例もみられる』。『蛟(コウ)の訓読みは「みずち」だが、中国の別種の龍である虬(キュウ)(中国語版)(旧字:虯龍)や螭龍(チ)もまた』、『「みずち」と訓ぜられるので、混同も生じる』。『「蛟」は「龍属」つまり龍の仲間とされる』(二世紀初頭に書かれた辞書「説文解字」)。『蛟は卵生とされ』、『水域で生まれるか陸で孵化するかについては』、「荀子」の「勧学篇」に「積水の淵を成さば、蛟龍、生ず」と『みえる一方』、「淮南子」の「暴族訓」では、)『「蛟龍は淵に伏寝するも、その卵は陵(おか)において割(さ)ける」とされる』。『蛟竜は』、『いずれ』、『飛べる種のドラゴンに変態をとげるとい』った感じの『記述が』「述異記」には『あり、「水にすむ虺(き)は五百年で蛟となり、蛟は千年で龍となり、龍は五百年で角龍、千年で應龍となる」と記されている』。『水棲の虺(き)というのは、水の蝮』(まむし)、或いは、『ウミヘビの一種かと推察される』。『龍と同じく、蛟竜の本来の棲み処は』、『水であること』が、『文献に散見できる』。『「蛟龍は水居」し』「淮南子」の「原道訓」)、『「蛟龍は水を得てこそ」神の力を顕現させ』(「管子」の「形勢篇」)、『すなわち「蛟龍は水蟲の神」であると説かれる』(「管子」の「形勢解」)。『池の魚数が』三千六百『匹に増えると、蛟がボスとなり、子分の魚たちを連れて飛び去ってしまう』(「説文解字」の定義)。『防衛策として、「笱」』(コウ/ク)『すなわち』、『魚取りの簗』(やな)『を水中に仕掛けておけば』、『蛟竜はあきらめてゆく、とされる』(「説文解字」)。同書には『異文があり、三百六十魚の長となる蛟を防ぐには、鱉(べつ)(鼈の異字、別名「神守」)を放てばよい、とする』(「養魚経」)。『鼈(べつ)すなわちスッポン』『を得ることで蛟の弊害を免れる旨は』「本草綱目」にも『述べられ』てある。「魏志倭人伝」では、『会稽に封じられた夏后の小康の子は断髪・文身(いれずみ)し、もって蛟竜(こうりょう)をさけると記し、このことと、倭人もまた』、「文身(いれずみ)し、また、以って、大魚・水禽をはらう」『ことを引合いに出している。大林太良などの民俗学者は、中国と倭における水難の魔除けのいれずみには関連性があると見』ており、『さらに佐々木高明や日高旺は』、『倭人の入れ墨もまた同じく竜形ではなかったか、と推察しているが』、『中国では、すでに聞一多が「端午考」において、古伝に語られる呉越人の断髪文身も、龍文のいれずみをしていたものと推察していた』。「本草綱目」の「鱗部」の「龍類」では、「述異記」を『引用し、蛟は竜に属し、鱗を有すものであるとしている』。『さらには別の文献を引いて以下のように伝える』。裴淵、「広州記」に曰わく、『蛟は長さ一丈余』(三メートル強)あり、『蛇体に四肢を有し』。『その足は広くて盾状である』。『頭は小さく』、『細頚(ほそくび)で、頚には白い嬰』(えい:首飾り)『がある』。『胸元は赭(あか)く(赤土色、赤褐色)』、『背には青い斑紋があり』、『脇の辺は』『錦糸の刺繍のよう』で、『尾は肉環がついており』(「幌・蛇腹(じゃばら)状になっている」ということ)。『大きな個体だと』、『太さ数囲(かかえ)にもなり』、『その卵もまた』、『大きい』。「山海経」の郭璞(かくはく)の注にも『似たような記述があって、頸にあるものは「白癭」(「白嬰」とは異表記)としており』、『これは』「白いこぶ」と『訳される』。『また』、『同注では、「卵の大きさは一石や二石を入れるべき甕のごとく」とあるが』、異本では、『「卵生で、子が一、二斛(こく)の瓮』(もたい・甕(かめ))『ごとし。能く人を呑む」と記載される』。「埤雅」にもまた、『似た記述がある』。また、「説文解字」の『原本にはないが、清代の段玉裁注本では』、『蛟は「無角」であると補足する』。『これと相反して朱駿声』の「説文通訓定声」では、『龍は雄のみが有角で、龍』の『子のうち』、『一角のものが蛟、両角のものが虯(きゅう)、無角のものが螭(ち)であると注釈している』。さらに「本草綱目」は、『蛟の属種に「蜃」を数えている』。『龍船節(端午節)に供される米に関する説話は蛟龍が関係しており、これが』「ちまき」の『起源という説がある』。『説話によると』、『入水して死んだ屈原を祀るため、楚では米を竹筒に詰めて川に投げ入れていたが、あるとき』、『長沙の区曲(異文では区回など)という人物のもとに』、『屈原』が『あらわれ、そのままでは米は蛟龍に盗まれてしまう、よって竹筒の上は楝(おうち)(栴檀)の葉でふさぎ、色糸(五花絲』(「五色の糸」の意)を『つけてほしいと頼んだという。その二物は蛟龍が忌み嫌うものだということである』(呉均撰の「續齊諧記」及び異本に拠る)。『この故事が「ちまき」の起源を語っている、というのがひとつの説である』とある。

「白岳」長崎県松浦(まつうら)市福島町(ふくしまちょう)喜内瀬免(きないせめん)にある百七十三メートルの白岳(国土地理院図)。

「荒政輯要」清の学者で官人(一七九七年に福建省総督に昇進)であった汪志伊撰になる農書で、蝗(いなご)の食害を防ぐことを中心にしたもの。一八〇五年刊。

「窑螺(はうら)ぬけ」山中や普通の地面の下に生きた法螺貝(ほらがい)がいて、それが地震や山崩れを起こすとする伝承は、古くからあった。例えば、私のものでは、「佐渡怪談藻鹽草 堂の釜崩れの事」や、「佐渡怪談藻鹽草 法螺貝の出しを見る事」を見られたい。

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