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2024/01/02

明恵上人夢記 107

107

一、同十一日の夜、坐禪の後(おち)に眠る。

 夢に云はく、故行位律師(こぎやうゐのりつし)は、大師の「梵網經(ぼんまうきやう)」を以て、高尾に於いて、暫く、籠居(こきよ)して、高辨に對(むか)ひて言はる、

「此の疏(しよ)を讀み奉れ。」

 高辨、之を領掌し、其の本を取りて、之を見るに、不思議なる靈本也。夢の中の其の本に云はく、

『「冒地(ばうち)」の梵語、之(これ)、在りと思ひて、此(これ)を見るに、

Bodai

[やぶちゃん注:底本の編者割注で以上の梵(サンスクリット)語二字の意味を『菩提』することが示されてある。同語を音写すると「ボウチ」であるから、ここに出る「冒地」はそれへの当て字であろう。画像は所持する底本の「明恵上人集」(一九八一年岩波文庫刊)のものをOCRで読み取り、トリミング補正した。]の梵字也。又、菩薩の名、在る處は、卽ち、繪圖也。不動尊等(とう)の如く、大きなる火聚(くわじゆ)の中に處(を)り。其の炎(ほのほ)、紺靑色(こんじやういろ)也。』

 心に思はく、

『此(これ)は、眞言の宗骨(しゆうこつ)の、此(かく)の如くしなしたる本か。』

と思ふ。

『都(すべ)て、此(かく)の如き證本(しやうほん)の、有りける。』

と思ふ。

 都て、書躰(しよたい)も薄香(うすかう)の表紙にて、能筆を以て、書(かき)ける也。

 

[やぶちゃん注:梵字は底本のものをOCRで読み込み、トリミング補正したものを挿入した。本夢は、順列からも、承久二(一二二〇)年八月十一日の夢と考えてよい。

「行位律師」空海を指すか。明恵は華厳宗であるが、空海に対して、非常に強い関心を示していた。「栂尾明恵上人伝記 11 十三歳から十九歳 二つの夢記述」の二番目の夢に、やはり、弘法大師が登場している。

「高尾」京都高尾山の神護寺。空海は、当時は和気氏の私寺であった「高雄山寺」であった、ここに入った。また、明恵は孤児となってから、この高雄山神護寺の、文覚の弟子で、叔父の上覚に師事(後に文覚にも師事)し、「華嚴五敎章」・「俱舍頌」(くしゃじゅ)を読む一方、移った仁和寺では、真言密教を実尊や興然に学んでいる。

「高辨」幾つかある明恵の法諱の最後のそれ。

「大師の梵網經」正しくは「梵網經盧舍那佛說菩薩心地戒品第十」。大乗仏教の経典であり、鳩摩羅什訳とされる漢訳が伝わる。上下二巻本。下巻を特に「菩薩戒經」と呼び、本書全体が大乗菩薩戒の根本経典として重んじられている。因みに、空海は、真言密教の立場から、この「梵網經」を解釈した「梵網經開題」を著しているが、この夢で「疏」(注につけた注釈)というのは、その「梵網經開題」を念頭においた、架空の書であろう。

「眞言の宗骨」「仏教の真言(深い意味の籠った絶対の教え)の核心部」の意か。

「此(かく)の如くしなしたる」の「如く」の下の「し」は「する」の意のそれではなく、強意の副助詞と採る。

「薄香」色の名の一つ。白茶(しらちゃ)に、少し、赤みがかった薄い茶色。香料の丁字(ちょうじ)を染料に用いた色の一つで、丁字色を薄くしたのが「香色(こういろ)」で、その香色を、やや薄くした色を指す。平安朝以来の伝統的な色名で、和服などによく用いられる。丁字は生薬や香辛料として知られるが、かぐわしい香りのする香木でもある。]

 

□やぶちゃん現代語訳

一、同じく承久二年八月十一日の夜、座禅の後(のち)に眠った。……

――こんな夢を見た……

 故(こ)行位(ぎょうい)律師は、大師の「梵網經(ぼんもうきょう)」を以って、高尾に於いて、暫く、籠居(こきよ)されて、私(わたくし)、高弁に対座されて言われた。

「この『疏(しょ)』を読み奉るがよい。」

 高弁、これを領掌し、その本を取って、これを見るに、まっこと、不思議な霊本なのであった。

 夢の中の、その本に曰わく、

『「冒地」(ぼうち)の梵語、これ、在(あ)ると思って、これを見るに、

Bodai

の梵字であったのである。また、菩薩の名が記されてある箇所は、即ち、絵図であったのである。不動尊等(とう)の如く、大いなる火の聚(あつま)りの中に、居(い)られるのである。その炎(ほのお)は、優れて紺靑色(こんじょういろ)なのである。』

 心に思ったのは、

『これは、まさに「真言」の核心部分を、かくの如く、厳然と示した本なのだろうか?』

と思った。

『すべて、このような、信証を鮮やかに示した本が、あるものなのだなぁ!』

と思った。

 すべて、書体も、薄香(うすかう)の表紙にて、能筆(のうひつ)を以って、書かれてあったのである。

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