柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「蛟」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
蛟【みずち】 蛇に似て角と四脚とを具え、毒気を吐いて人を害するという想像上の動物 〔甲子夜話巻二十六〕予<松浦静山>が小臣某、一夜小舟に乗じ海上に釣す。時月白く風清かりしに、白岳の方を望みしかば、岳頭より雲一帯を生ず。白色にして綿々たり。遂に半天に及び、凝《こり》て茶盌《ちやわん》の如し。その傍にまた雲生じて白鱗々たり。然るにまた忽ち黒雲出で、漸々満延[やぶちゃん注:ママ。原本も同じ。]して東北に弥(わた)れば、暴雨降り来りて浪もまた涌くが如し。少頃《せうけい》にして[やぶちゃん注:暫くして。]霽《は》れたり。この雨《あめ》山の東北のみ降りて西南は降らずと。予思ふにこれ蛟《みづち》の所為ならん。蛟は世に謂ふ雨竜と呼ぶものにて、山腹の土中に居るものなりと。『荒政輯要《こうせいしふえう》』にその害を除くことを載せたり。また世に宝螺(ほら)ぬけと謂ひて、処々の山半《やまなかば》俄かに震動して、雷雨瞑冥、何か飛出《とびいづ》るものあり。これを宝螺の土中に在る者此《かく》の如しと云へども、誰《たれ》も正しく見し者もなし。これまた蛟の地中を出《いづ》るなりと云ふ。淇園先生嘗て話されしは、或士人某の所に寓せし中《うち》のこととぞ。一日《あるひ》その庭を見ゐたるに、竹籬《たけがき》の小口《こぐち》より白気を生じ、繊々《せんせん》として絲《いと》の如し。見る中《うち》に一丈ばかり立升《たちのぼ》り、遂に一小丸《いちしやうぐわん》の如し。また飛石の処を見れば、平石の上にわたり三四尺ばかり濡れて雨水の如し。その人不思議に思ひ、かの竹垣の小口を窺ひ見たるに、気の生ぜし竹中に蜥蜴《とかげ》ゐたりと。この蟲は長身四足にして蛟の類なり。然ればこの属はみな雨を起すものなりと。
[やぶちゃん注:事前に「フライング単発 甲子夜話卷二十六 5 蛟の屬は總じて氣を吐く事」を電子化注しておいたので、見られたい。]
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