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2024/01/09

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「仏法僧」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 仏法僧【ぶっぽうそう】 〔閑田耕筆巻三〕近古に京師に名ある医師を夜更けて迎ふる者あり。かねて相識《あひし》る人の名をいひたれば、速かに輿《こし》に乗りしを、頓(やが)て物にて押つゝみ、数人《すにん》にて囲み、いづこともしらず勾引(かどは)し行きぬ。さていと山深き所の大なる家の内に舁きいれ、家あるじとおぼしき者の金瘡(かなきず)を療ぜしめ、薬をこひて後、あつく謝物をあたへ、また先のごとく囲みてかへしたり。いかさまにも賊の隠れたる所とおぼしく、ものをも得たるからに、黙してはあられず、官に訟(うた[やぶちゃん注:ママ。])へたれば、時の京兆尹《けいてういん》板倉侯、其所のさまを尋ね給へども、東西をもわきまふる所なかりし旨、上の件《くだん》をのべけるが、唯一ツ珍らしとおぼえしは、仏法僧と鳴く鳥有りしとまうす。侯さては松尾成るべし。松尾にこの鳥をよめる古歌ありとて、速かに吏《り》をつかはして、かの山深くもとめさせ給ひしかば、はたして賊の首領居《を》りしとなり。これは『新六帖《しんろくぢやう》』に、光俊「松尾《まつのを》の峰静かなる曙にあふぎて聞けば仏法僧啼く」といふ歌なるべし。今はかの山にて聞きたるといふなし。絶えたるにや。<『道聴塗説十編』に同様の文がある>

[やぶちゃん注:「青木明神奇話」で既出既注。国立国会図書館デジタルコレクションの『日本隨筆全集』第六巻(昭和二(一九二七)年国民図書刊)のここの左ページの、『○慈悲心鳥』(カッコウ目カッコウ科カッコウ属ジュウイチ Cuculus fugax の別名)『といふものは……』の鳥類の語りの条の、鳥の「佛法僧」(後注参照)の話の途中の、次のコマの右ページ、後ろから五行目四字目から、次のページの三行目の途中までの抄録である。

「仏法僧」これは、やや、めんどくさい。これは、鳴き声と、実体の鳥が非常に長い間、つい、近代まで、全部の日本人に誤って理解されていたからである。その誤りがはっきりと判ったのは、実に、昭和一〇(一九三五)年のことなのである。則ち、一千年以上の間、鳴き声と、実際の鳥を、勘違いされてきたのである。

「声の仏法僧」は、

フクロウ目フクロウ科コノハズク属コノハズク Otus sunia 

であり(姿は学名のグーグル画像検索を見られたい)、

一方、誤認され続けたのは、――鳩ぐらいの大きさの鳥で、目の周囲に黄色い羽毛がある鳥――これ自体も誤認で、事実は「目」ではなく、「嘴」の色の誤認である――学名のグーグル画像検索を見られたい)というのが、「姿の仏法僧」と呼ばれる、日本には、夏鳥として飛来する

ブッポウソウ目ブッポウソウ科 Eurystomus 属ブッポウソウ Eurystomus orientalis 

である。ここまで名前の誤認の時間が長過ぎると、とても正すことは出来そうもないとは思うが、でも、「ブッ、ポウ、ソウ。」はコノハズクにこそ、相応しいわけで、何やらん、淋しい気がしてくるのである、毎夜、二十年近く、二階の寝室のすぐ上の森で鳴くコノハズクの声を偏愛している私としては、ね。

「京兆尹板倉侯」安土桃山から江戸前期にかけての旗本・大名板倉勝重。彼は「関ヶ原の戦い」の翌年、慶長六(一六〇一)年に、関東代官・江戸町奉行から京都町奉行(後の京都所司代)に任命され、元和六(一六二〇)年まで勤めた。

「松尾」松尾山のある京都府京都市西京区松尾谷松尾山町、及び、その東の境界直近の西京区嵐山宮町にある松尾大社磐座附近であろう(グーグル・マップ・データ)。

「新六帖」鎌倉中期に成立した和歌集「新撰六帖題和歌」。藤原(衣笠)家良撰。

『光俊「松尾の峰静かなる曙にあふぎて聞けば仏法僧啼く」』前の歌集の第六 鳥」の一首。作者は鎌倉中期の公家・歌人で、権中納言・葉室光親の子であった葉室光俊(承元三(一二〇九)年~建治二(一二七六)年:官位は正四位下・右大弁)。

「道聴塗説十編」(だいちやう(別に「だいてい」とも読む)とせつ)一般名詞では「道聴途説」とも書く。「論語」の「陽貨」篇の「子曰、道聽而塗說、德之棄也。」(子曰はく、「道に聽きて塗(みち)に說(と)くは、德を之れ棄つるなり。」と。)による語で、路上で他人から聞いたことを、すぐにその道でまた第三者に話す意で、「他人からよい話を聞いても、それを心にとどめて、しっかりと自分のものとせぬままに、すぐ、他に受けうりすること」で、転じて、「いいかげんな世間のうわさばなし・ききかじりの話」を指す。この書は、越前鯖江藩士で儒者であった大郷信斎(おおごうしんさい 明和九(一七七二)年~天保一五(一八四四)年:当初は芥川思堂に、後、昌平黌で林述斎に学んだ。述斎が麻布に創った学問所「城南読書楼」の教授となった。文化一〇(一八一三)年には、藩が江戸に創設した「稽古所」(後に「惜陰堂」と名のった)でも教えた。名は良則。著作に「心学臆見論」などがある。宵曲は巻数を誤っており、「十編」ではなく、「第十四編」である。国立国会図書館デジタルコレクションの『鼠璞十種』第二(大正五(一九一六)年国書刊行会)のこちらで正規表現で視認出来る。標題は『佛法僧の鳥』。枕に鳥の当時の博物誌が示され、本篇より、こちらの方がよい。

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