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2024/01/09

フライング単発 甲子夜話續篇卷二十八卷 4 三月ノ大火、二事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして、句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。本巻は、全体が文政十二年三月二十一日(グレゴリオ暦一八二九年四月二十四日)に発生した「文政の大火」の記載となっている。神田佐久間町(現在の東京都千代田区神田佐久間町。グーグル・マップ・データ)から出火し、北西風により延焼した。「己丑火事」「神田大火」「佐久間町火事」などとも呼ばれ、焼失家屋は三十七万戸に及び、死者は二千八百人あまりに達した。神田佐久間町は、過去、幾度も大火の火元となったため、口さがない江戸っ子は、ここを「悪魔(アクマ)町」と呼ぶほどであった。火災の原因は、煙草の不始末であった。なお、実際の目次の標題は、『同、二事』であるが、「2」の標題を受けているので、かく、した。ただ、「二事」は不審で、これは別な二つの内容ではない。前に「2」と「3」が『一事』となっているので、「二」は誤記とも思われる。火災中の出来事と、鎮火後の、その後の明暗を、時制上、別な話とするのかも知れぬが、それは余りに無理がある。カタカナは珍しい静山のルビである。]

 

28-4 三月大火、二事

 八丁堀の邊(あたり)とか。

 火に、とりまかれたる中(なか)、一人は、川に入(いり)、ふるき布團(ふとん)を、水に浸(ひた)し、火、來(きた)れば、輙(すなはち)、これを冒(カフリ)て、その苦を凌(しの)ぐ。

 一人は、金六十兩を懷(ふところ)にせしが、一身を置くに、所、なし。依(よつ)て言(いひ)て曰(いはく)、

「汝が布團を、我に與へよ。我、六十金(きん)を、汝に授(さづ)けん。」

 その人、布團を與(あた)へ、その金(かね)を取(とり)て、懷にし、火中を走(はしり)て、脫(のが)れ出(いで)んとす。

 然(しか)れども、烈火、猛火(みやうくわ)、竟(つひ)に焚(や)け仆(たふ)れて、命(いのち)、終(を)ふ。

 されども、抱(いだ)きゐしなれば、手と腹は、燒(やけ)ずして、金(かね)、猶、灰底(はひぞこ)に存(そん)せり。

 布團を買ふ者は、それに據(よつ)て、炎火を凌ぎ、命を全(まつたう)せりと。

■やぶちゃんの呟き

「八丁堀」広義の八丁堀は、現在の東京都中央区の地名で、旧京橋区に当たる京橋地域内のここ。現行の行政地名は八丁堀一丁目から八丁堀四丁目である。但し、江戸時代には狭義には、中央区八丁堀四丁目の、ごく一部分だけであった(グーグル・マップ・データ)。

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