譚海 卷之六 江戶深川土橋遊女詠歌の事
[やぶちゃん注:これまでのフライング単発で、推定歴史的仮名遣の読みは勿論、句読点・記号変更・追加、段落成形を行ってきた関係上、以下でも、読者の読み易さを考え、「卷之六」以降、それをルーティンに正式に採用することとする。]
○深川土橋(つちはし)とかやいへる所に、身を賣りたる女、年をへて後(のち)、度々、主人に暇(いとま)を乞(こひ)て、
「諸國行脚に出(いで)たき。」
よしを願(ねがひ)しが、餘り、度々に及びしかば、主人も、あはれがりて、給金を損(そん)にして、願(ねがひ)の如く、暇やりければ、此女、いと、うれしくおもひて、やがて、
「立出(たちいづ)る。」
とて、
「讀(よみ)たる歌。」
とて、人の、かたりし。
またも世にかへらん事はあらがねの
旅路の土とならんこの身は
「歌のさまは、あやしけれど、心の思ふ所をのべけるは、殊勝なること。」
と、いひあへりける。
[やぶちゃん注:底本では、歌の上の句の初五の「またも世」の右に『(ふるさと)』訂正注を附してある。
「深川土橋」現在の東京都江東区富岡の、この永代寺門前附近にあった地名。
「損して」「チャラにして」。給金は支払わない代わりに、暇を出してやったのである。
「あらがねの」「あり難(がた)き事」に、チャラにしために年季明けにはなったものの「金がない」に掛けたものであろう。]