柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「山女」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。]
山女【やまおんな】 〔奥州波奈志〕また爰《ここ》なる家人に菅野三郎といふもの有りし。(若きほどの名なり。今は三力と云ふ)知所は平地にて(大みち)一里の余をゆかねば山なし。故に薪《たきぎ》に不自由なれば、十六七の頃さしたる役もなき故、朝とくおきて一日の薪をとりに、いつも山に行きしに、ある朝松山の木《こ》の間《ま》より女の髪をみだしてあゆみくるをみて、いづちへ行く物ならん、かみをもとりあげずして、早朝にたゞ壱人爰を行くはと、心とゞめてまもりをれば、こなたをさしてちかよりこしか。[やぶちゃん注:ママ。私の電子化では「こしが、」。]松のうへより頭《かしら》ばかり出でて、おもてを見あはせしに、色白く髪は真黒にて末はみえず。眼中のいやなること、さらに人間ならず。朝日に照りていとおそろしかりしかば、つかねかけたる薪もかまもなげすてゝ逃げ帰りしが、二度《ふたたび》その山にいらず。いへにかへりておもひめぐらせば、松山の梢より頭の出でしは身の丈二丈もやあらん。頭の大きさも三尺ばかりのやうにおぼえしとぞ。これ世にいふ山女なるべし。
[やぶちゃん注:私の「奥州ばなし 三郞次」を参照されたい。]
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