譚海 卷之十 下野國日光山狸鷲につかまれたる事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
日光山にある房の庭に、年へたる松一樹、谷へ、さし出てあるが、その松へ、鳥の來てとまる度(たび)に、いつも、鳥、ねむるやうにしては、しばし有りて、谷へ、
「はた」
と、おつる事、每度、たえず。
年久しく見馴(みな)れたる事にて、
「不思議成(なる)事。」
に、いひあふ事成(なり)しに、或時、鷲、一羽、飛(とび)來りて、此松に、とまりたりしが、例の如く、此鷲、ねむるやうに見えしが、はたして、谷ヘ、落ちたり。
さて、谷底にて、おびたゞしくさわぎ、ひしめく音すれば、
「いかなる事。」
と、人々、よりて、のぞきたり。
その谷の、深ければ、何事も、みえず。
おそろしきに、くはしくも、のぞかず居(をり)たるに、やがて、此鷲、羽ばたきをして、谷より、飛出(とびいで)たるを、見れば、大(だい)なる古狸(ふるだぬき)を、兩手に、つかみて、雲を、しのぎて、飛(とび)さりける。
是より後(のち)、この松に、鳥のとまる事あれども、ねむる事もせず、谷ヘ落(おつ)る事も、止みたり。
かゝれば、
「此谷に、彼(かの)狸、住(すみ)て、年頃、鳥をばかして、取食(とりく)ひける事なりしに、鷲には、かなはずして、つひに、取(とり)さられぬるにこそ。」
と、そこの人、いひけるとぞ。
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