譚海 卷之八 九州海路船をうがつ魚の事(フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
西海渡海(さいかいとかい)の船頭、物語りせしは、
「九州の洋中(わだなか)をわたるとき、丈(たけ)五、六寸の魚(うを)ありて、時々、舟底(ふなぞこ)を、うがち、つらぬき、それより、水、入(いり)て、舟を沈むる事あり。
此魚、舟をつきぬく事は、稀成(なる)事にて、おほくは、舟を、うがち、其穴に、はさまりて、死す。日を、ふれば、死にたる魚、しぼみ、ほそりて、又、穴より、拔けいづる。
その跡の穴より、水、入(いる)なり。
あまり、舟に、あか、たまりたる時は、
『彼(かの)魚の、うがちたるべし。』
とて、荷物を、かたづけて、穿鑿(せんさく)すれば、はたして、魚の、うがちたる穴、あり。大體(だいたい)は、此魚、舟ヘ、ふるゝとき、
『かつちり。』
と、音、すれば、音を合圖にせんさくすれども、風雨など、はげしき比(ころ)は、舟にふるゝ音、まぎれて、聞えざるゆゑ、あやまちに及(およぶ)事、有り。
この魚、くちばし、甚(はなはだ)、するど成(なる)物と覺えたり。
何と云(いふ)魚にや、土佐國にては、「かぢきとほし」と云(いふ)。
多年、渡海すれども、いまだ、その名を知らず。」
とぞ。
「又、西海にも、『井(ゐ)くち』、有(あり)。時にあたりて、舟を、こゆるときは、その油を、かへ、いだす。」
よしを、いへり。
[やぶちゃん注:メインの怪魚、「土佐國」で「かぢきとほし」と称するそれは、カジキで、スズキ目メカジキ科 Xiphiidae 及びマカジキ科 Istiophoridae の二科に属する魚の総称。私のサイト版の寺島良安の「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「鱘(かぢとをし)」を見られたい。
「丈五、六寸」底本では、「寸」の右に編者傍注があり、『(尺カ)』とする。
「あか」「閼伽」。本来は仏教語で、サンスクリット語「アルガ」で、元は「価値」の意であり、転じて「敬意を表わす贈り物」から「功徳水」と訳し、「仏に供える清水」や「香水」などで、仏教では、本尊・聖衆(しょうじゅ)に供養する六種の物の一つに数える。そこから、縁起担ぎを命の綱とする漁師や水主(かこ)が、船の外板(そといた)の合わせ目などから、浸み込んで、船底に溜まってしまった水、また、荒天で、船体に浸み込んでくる水や、打ち込む波によって溜まってしまった水を、「あか」と称する(漢字は「淦」「浛」「垢」)。他に「ふなゆ」「ゆ」などとも呼ぶ。
「井(ゐ)くち」この怪魚は、かなりメジャーな海の怪魚で、私の電子化物でも十五、六挙がってくる。「随筆辞典 奇談異聞篇」で先行する「いくじ」及び私の注のリンク先を参照されたい。手っ取り早く纏まったものを読むなら、ウィキの「いくち」をどうぞ。]
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