譚海 卷之八 酒桶の杉飛驒山中に大木ありし事
○酒を造る桶は、皆、杉なり。古木を用るほど、酒、よく出來るなり。名洒を造る桶は、五、六百年に及ぶ板にて造(つくり)たる桶成(なる)由。
先年、飛驒山中に、大なる杉、有(あり)。根のうつぼに成(なり)たるうちへ、三人、入(いり)て、手をひろげつら成(なり)たるに、猶、左右に、餘地、有(あり)。
大阪の者、此杉を二千銅に直段(ねだん)付(つけ)たれども、所のもの、
「此杉は、うぶすなの如く、伺百年ともなく、あがめ來(きた)る故、賣(うり)わたす相談に及ばず。」
と、いへば、二千五百銅迄、直段をのぼせたれども、終(つひ)に賣(うる)事を、やめたり。
大阪のもの、申(まふし)けるは、
「此杉、およそ千年餘(よ)のものと見えたり。此杉をもて、酒桶(さかだる)を造りなば、おそらくは池田・伊丹に、此酒より勝(すぐ)たるもの、出來る事、あるまじ。桶にせば、廿七本は出來(でき)べし。其價(あたひ)、はかりなき事。」
と、いへる、とぞ。
[やぶちゃん注:両手を広げた長さは本邦の監修で「尋」(ひろ)と言う。換算では複数あるが、短い一・五一五メートルで十六・五四五メートルとなり、さらに「餘地」があるというのだから、洞(うろ)の内径は十七メートル程もあることになる。所謂、巨大な屋久島の縄文杉でも、幹本体の直径は凡そ五メートルであるから、これはあり得ない。
「二千銅」一両の半分。安杉、基! 安過ぎ。]