譚海 卷之九 まなかつを・にしん・はたはた魚等の事
○「備前かつを」は、備前にて漁するなり。五月末より六月までの獵なり。
鯛は、同所、魚島(なしま[やぶちゃん注:底本では珍しいルビ。])といふ所にて、おほく、漁するなり。節分より六十日めほどにあたる日を盛(さかり)に、獵する比(ころ)とす。
「にしん」は松前にて漁するなり。彼岸過(すぎ)て、十日ほど立比(たつころ)より、網をおろしはじむ、といふ。
「はたはた」と云(いふ)魚は、羽州秋田の海にて、漁するなり。
「冬至後(ご)、丑の日に、はじめて、此うを、出(いづ)る。」
と云(いふ)。
[やぶちゃん注:「まなかつを」「備前かつを」これは「備前」(岡山県)というロケーション、及び、漁期から、条鰭綱スズキ目イボダイ亜目マナガツオ科マナガツオ属マナガツオ Pampus punctatissimus のこと。スズキ目サバ科サバ亜科マグロ族カツオ属カツオ Katsuwonus pelamis とは生物学的には縁も所縁もない別種で、全く似ておらず、その体型は似ても似つかぬ平たく丸い形を成す。体色が黒っぽい銀色で金属光沢があり、最大で六十センチメートル程に成長する。著しく側扁した平べったい盤状で、腹鰭がなく、鰓孔が小さく、鱗はすこぶる剥がれやすい。本邦では本州中部以南・有明海・瀬戸内海に分布する。「まながつを」は諸本草書では「學鰹」と漢字表記したりするが、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のマナガツオのページによれば、『「真似鰹」の意味、カツオのいない瀬戸内海などでカツオがとれないので、初夏にとれる本種を「カツオに見立てた」ところから』、『「真似鰹(まねがつお)」から転訛したもの』というのが恐らく語源として納得できるもので、但し、『「魚のなかでも特にうまいため」』に『「真名魚」を「真な=親愛を表す語」で「真にうまいカツオ」の意』とし、『「真に菜にしてうまい魚」、「真菜が魚」からの転訛』も退けにくい(実際に本種はやや実の柔らかさに難があるが、美味い。現在は高級魚である)ものの、個人的には、まるで似ていない「カツオ」を附する必要はないように思われる。私の「大和本草卷之十三 魚之下 魴魚(まながつを) (同定はマナガツオでいいが、「本草綱目」の比定は大錯誤)」を参照されたい。
「鯛」一応、瀬戸内海では、古くからスズキ目タイ科マダイ亜科マダイ属マダイ Pagrus major の名産地であるから、それに同定しておくが、他の近縁種、或いは、マダイに似た全くの別種も含まれていることも考慮すべきではあろう。私の記事では無数にあるが、私の紀州を中心とした『畔田翠山「水族志」』では、「~タイ(ダイ)」が驚くべき数で載るからである。
「魚島(なしま)」まさに瀬戸内海の臍に当たる愛媛県越智郡(おちぐん)上島町(かみじまちょう)町魚島(うおしま:現行の読みはそれ。グーグル・マップ・データ)。
「にしん」「鯡」「鰊」。ニシン目ニシン科ニシン属ニシン Clupea pallasii 。私の「大和本草卷之十三 魚之下 鰊(かど) (ニシン)
「はたはた」スズキ目ハタハタ科ハタハタ属ハタハタ Arctoscopus japonicus 。「大和本草卷之十三 魚之下 はたはた」を参照されたい。
「冬至」旧暦十一月の中気(陰暦で各月の後半を指す語。なお、冬至を含む旧暦の十一月は必ず「子」(ね)の月である)。新暦十二月二十二日頃。最大収穫量を誇った秋田の漁期は現在の十一月から十二月頃である(因みに、回遊の関係で、やはり漁獲量が多い鳥取では漁期は九月から五月頃と、遙かに早い)。]