譚海 卷之六 大坂にて干肴商人猫の仇を報ぜし事 / 卷之六~了
[やぶちゃん注:これまでのフライング単発で、推定歴史的仮名遣の読みは勿論、句読点・記号変更・追加、段落成形を行ってきた関係上、以下でも、読者の読み易さを考え、「卷之六」以降、それをルーティンに正式に採用することとする。標題は「おほさかにてほしざかなあきんどねこのあだ(或いは「かたき」)をほうぜしこと」と読んでおく。
なお、この前にある「譚海 卷之六 武州千住驛北蒲生領の人に托せし狐の事」は、既に「譚海 卷之六 武州千住驛北蒲生領の人に托せし狐の事 / 卷之八 江戶本所にて人に托せし狐にまちんをくはせし事(フライング公開二話)」で電子化注済みである。
而して、本篇を以って「譚海 卷之六」は終っている。]
○大坂にて肴(さかな)あきなふ男、或日、干肴(ほしざかな)を、になひ來り、ある裏借屋(うらかしや)に入(いり)て、あきなひけるに、かなたこなたにて、肴を調(ととの)へけるまゝ、肴を持(もち)あるき、あきなふひまに、荷をおろし置(おき)たる家の猫、干肴を、一枚、とりて、くらひて、半:(なか)ば盡(つく)したる所へ、看賣(さかなうり)歸り、見付(みつけ)て、其家の女房に、いひけるは、
「此猫は、こなたにて飼(か)はるゝにや。さらば、あきなふ肴を、かく、半(なかば)、くらひぬる事なれば、此殘りを、價(あたひ)をまけてうり可ㇾ申(まふすべし)。とゝのへて、猫に給(あた)へかし。」
と、いふに、女房、腹(はら)あしきものにて、
「猫こそ、肴くひて侍るめれ、われら、いかでか、しり侍らん。猫をば、そこの心のまゝに、し給へ。」[やぶちゃん注:第一文は「こそ~(已然形)、……」の逆接用法。]
と、いひて、あかり障子、引(ひつ)たてて、内(うち)に入(いり)ぬ。
肴うり、腹たてて、
「よし。さらば、猫を、我(わが)まゝにして、見すべし。」
とて、やがて、その猫をとらへて厠(かはや)の中に打入(うちいれ)ける。
猫、おほつぼの中より、躍り出(いで)て、其家に歸りあがり、障子の紙の、やれたる際(きは)より飛入(とびいり)ければ、家の内、おびたゞしく、けがれに成(なり)て、せんかたなく、あわてける。
「ようなきすさみ」とは、これらをや、いへるならん。
[やぶちゃん注:最後の「すさみ」は「荒・進・遊」。ここは、女房が、売り言葉に買い言葉で、言わんでもいいことを一方的に荒れて応じたことを指す。]