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2024/02/19

譚海 卷之八 大筒のろし・田村矢等の事

[やぶちゃん注:標題はママ。「大筒(おほづつ)」と「のろし」(「狼煙」。但し、銃砲で撃ち上げる狼煙玉(のろしだま)である)は別物であるから、「・」を入れるべき。「田村矢」は本文を読むに、大筒から多量に撃ち出す火矢(ひや)の驚きの一種である。]

 

○大筒は壹貫目[やぶちゃん注:三・七五キログラム。]・貳貫目玉もあれど、藥(くすり)[やぶちゃん注:「火藥」。]の氣(き)、よわきゆゑ、遠くは打(うち)がたし。百五十目・貳百・三百目程の玉は、藥のつよきを用(もちひ)るゆゑ、五町よ[やぶちゃん注:五百四十五メートル越え。]を、打ちとほすなり。壹貫目以上の玉は、藥、つよくては、筒、わるゝ故、やはらかなる藥を、つよきに調合して、三、四種も、玉藥(たまぐすり)の法(はふ)も合(あは)し用る故、玉のいきほひ、ゆるきゆゑ、とをく[やぶちゃん注:ママ。]は、とをら[やぶちゃん注:ママ。]ず。たとひ、とほく、玉はしりても、中途にて、玉の形、犬の糞の如く、ながく成(なり)て落(おつ)る故、あたりの用(よう)、すくなし。町數(つやうすう)みぢかく、的(まと)をこしらへてうたざれば、用ひがたし。二、三百目までの玉は、藥のつよきを仕込(しこむ)ゆゑ、玉のはしりも、よく、とほるなり。又、二、三百目迄は、ためて[やぶちゃん注:両手で持って片目を閉じて狙うこと。]うたるれども、壹貫目の玉筒に至ては、臺に乘(のせ)て打(うつ)故、けんたう[やぶちゃん注:「見當」。]をさだむるばかりにて、技能の巧拙には、よらぬ事なり。

 「のろし」は、晝は、五彩の緖(を)を用ひ、夜は、火の光を相圖とす。是も空へのぼる事、五、六町[やぶちゃん注:約五百四十五~六百五十五メートル。]ほどなれば、遠くよりは、見へかぬるなり。よるは、火の相圖ゆゑ、少し遠くも見ゆべし。只、其ひゞき、殊外(ことのほか)、大(おほき)く遠近(をちこち)に徹(てつ)するゆゑ、響(ひびき)を相圖とする事なり。晝、狼煙に緖をもちゆる事は、其緖を藥丸(くすりだま)の中へ封じ入(いれ)、其丸の上を、「しぶせん」にて、隨分、よく張上(はりあげ)て、日にほして仕(し)あぐる事なり。大體、「のろし」の「玉(たま)しかけ」、十日斗(ばかり)かゝるなり。天日(てんにち)に、ほし、かたむる故、しかり。急遽の用には、火にかざしかざしして、仕あぐれども、煙硝の玉を、火にかざしてほす事ゆゑ、甚(はなはだ)、心づかひ成(なる)物なり。

[やぶちゃん注:「しぶせん」「澁煎」で、柿渋を混ぜて煮た糊。耐湿性が高まるのであろう。]

 すべて、「のろし」・大筒ともに、薬斗(ばかり)にて、はしり出るいきほひ、よわきゆゑ、拍子木(ひやうしぎ)ほどに、けづりたる木を、内へ仕込(しこん)で、藥にて、木を、はじきいだす勢(いきほひ)につれて、玉の出(いづ)るやうにせし物なり。晝の「のろし」の玉、大(おほき)さ、わたり七寸ほどなり、その内に、手本[やぶちゃん注:この場合は、掌に入る袖珍本のことを言っているものと思う。]のやうに、紙を繼(つぎ)て、五色(ごしき)の緖にて張(はり)たるものを、こめ置(おき)、薬、ともに、丸(たま)に、はりあぐるなり。火をつくれば、玉、はしり出(いで)て、空中にて、玉のわれるやうに仕かけをするなり。大體、五町ほど、空へ、のぼりて、玉、われて、中の緖、空にひるがへるを見るに、五、六尺のきぬの幅に、みゆるゆゑ、遠くよりは見分がたき事と覺ゆ。玉の筒の中にて、火に成(なり)ては、「のろし」、用、がたし。火のいきほひに、玉の飛出(とびいで)て、空にて、わるゝやうに仕かくる事、皆、藥の法にて、仕樣(しやう)ある事なり。「のろし」の、空ヘ、五、六町のぼるけんたうをしるは、先(まづ)、平地にて、的をたてて、「のろし」をしかけ、橫にうつて見るに、五、六町ならでは、はしらぬゆゑ、是をもちて、空へあがりて、

「何程。」

と云(いひ)、間數(まかず)を、さだむるなり。尤(もつとも)、「のろし」も、火矢も、同樣の事にて、陣屋などへ打入(うちい)るるには、橫に、うつやうに、用(もちひ)たる物なり。

 「田村矢」と云ふ火矢は、つゝのうちへ、矢を、數(す)百本、仕込(しこみ)て、敵の陣へ射つくれば、其矢の根に、火藥、ぬりてあるゆゑ、陣屋、ことごとく、火に成(なり)て、暫時に、數百軒、燒(やけ)うするやうにしたる物なり。「段々矢」など云(いふ)ものも、火矢の筒をうてば、藥、内より、はしる時に、はしる道へ、火の、こぼるゝやうに仕かけて、段々に諸方(しよはう)、火に成(なる)やうに仕込たるものなり。

 すべて、大筒・火矢など、臺に居(す)へ、地に建(たて)て、はなつ物は、「紙より」[やぶちゃん注:縒(よ)った紙。]に燃硝をひねり入(いれ)たるを、筒口へ、ゆひ込(こみ)[やぶちゃん注:捩じり結ったそれを入れ込み。]、それに火をさして、まはりて、則(すなはち)、とほくに、げのびて、見てゐれば、「紙より」のやくる間(あひだ)は、玉、はしらず。「紙より」の「ゑんしやう[やぶちゃん注:ママ。]」に、火、つり[やぶちゃん注:「うつり」の脱字ではないか?]、筒口に、火、うつれば、端的に、玉、はしり出(いづ)るゆゑ、そのあひだの見はからひ、甚(はなはだ)、肝要成(なる)事、とぞ。

[やぶちゃん注:この話、どう考えても、相当な砲術家でなくては、語れぬものである。津村は幕府或いは相応の藩の鉄砲方の誰かから、直接に聴いたものであろう。さればこそ、ニュース・ソースの当該者の名を記すことは憚られたものと思う。]

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