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2024/02/12

譚海 卷之六 某藩中浮島賴母の事

[やぶちゃん注:これまでのフライング単発で、推定歴史的仮名遣の読みは勿論、句読点・記号変更・追加、段落成形を行ってきた関係上、以下でも、読者の読み易さを考え、「卷之六」以降、それをルーティンに正式に採用することとする。]

 

○某藩中に浮島賴母(うきしまたのも)と云もの有(あり)。同僚に、年來(としごろ)刎頸(ふんけい)の交(まじはり)なるもの有て、往來、密なりしに、ある夏日(かじつ)、賴母、とぶらひ行(ゆき)たるに、同僚、他行(たぎやう)せしかども、懇切の交ゆゑ、その宿の妻、賴母をとゞめて、酒など出(いだ)し、もてなし、久敷(ひさしく)あれば、常の事にて、妻も、賴母に、かまはず、廚下(ちゆうか)[やぶちゃん注:台所仕事。]の事など、いとなみ居(をり)たる折節、夕雨(ゆふだち)、俄(にはか)に降出(ふりいだし)、雷鳴、夥しくありしに、元來、賴母、雷を恐(おそる)る事、人に勝れたるものにて、其家の押入(おしいれ)の内へ、逃入居(にげいりゐ)たるに、同僚の妻も、同じく、雷を恐る事、本質(ほんじち)にて、賴母が押入に籠居(こもりゐ)せるをも、しらず、妻も押入へ逃入て居たる所へ、同僚の士、歸り來(きた)り、雷も止(やみ)て、賴母と妻、押入よりはひ出(いで)ければ、折からといひ、甚(はなはだ)、手(て)もち、あしく[やぶちゃん注:見た目の行動・振舞が甚だまずく。]、同僚も、兼(かね)て賴母が心體(しんてい)よくしつて、不義など振舞(ふるまふ)ものとは、おもはざりし事なれども、眼前如ㇾ此(かくのごとき)次第故、不審なきにもあらず、賴母、別(べつし)て會釋(ゑしやく)もなく、面目(めんぼく)を失ひぬれど、兼て懇切の知己故、雷を恐れて隱居(かくれゐ)たる事、妻も、それを、しらず、一所に逃入たる次第を、段々、申述(まうしのべ)、詫(わび)ければ、元來、隔心(へだてごころ)なき中(なか)故、同僚も、心(こころ)とけて、疑(うたがひ)をはらし、もとの如くの交にて暮(くれ)たるに、又、一日(いちじつ)、賴母、同僚のかたへ行たるに、又、他行の所へ行ぬれど、いつもの事にて、我家の如く、ゆるゆる遊び、晚景行水(ぎやうずい)をして其まゝ椽先(えんさき)に轉寢(うたたね)して居(ゐ)たるを、例の妻、

『我(わが)夫の、湯かたを着て、寢て居(ゐ)たる。』

と、おもひあやまり、其かたわらに、妻も、ひとつに、そひ臥(ふ)して寢入(ねいり)たる所へ、彼(かの)同僚、歸りかゝりて、此體(このてい)、見とがめしに、兩人、驚き、目さめて、

『今は、あやまちとは、いひながら、あまりなる數度(すど)の楚[やぶちゃん注:底本に編者の修正注で『(麁)』とある。]忽(そこつ)、亭主へ、いひわくべき詞(ことば)も、なし。』

と、おもひて、其妻もろともに、その席より、打連(うちつれ)、逐電したりしかば、同僚の男も

「扨は。是まで、妻と密通せし事、實事(じつじ)成(なり)しかども、我(われ)、うたがひを置(おか)ざりしまゝ、月日をへしに、かく、兩度まで、見あらはされ、詮方なく缺落(かけおち)せし事。」

と、治定(ぢぢやう)[やぶちゃん注:確かなこととして認識すること。]の不義に落入(おちいり)、同僚も、おもしろからぬ世を、しばらく、ひとりくらしけるに、漸(やうやう)世話する人ありて、

「後妻を、むかへよ。」

なと[やぶちゃん注:ママ。]、度々(たびたび)勸(すすめ)ければ、家事も不自由なるまゝ、その異見に付(つい)て、後妻をむかへ、夫婦、かたの如く、むつまじくてありけり。

 然るに、賴母は、同僚の妻をつれて立(たち)のきたれども、元來、士の事(こと)故、商賣の業(なりあひ)にも、うとければ、所帶を立(たつ)べき術(すべ)もなきまゝ、所々、流浪して後(のち)に、有馬の溫泉にいたり、家を借り、賴母は酒肴(しゆかう)をうる業を以て、渡世とし、入湯(にうたう)の客酒肴を求(もとむ)る人あれば、其旅舍(りよしや)に行(ゆき)て、「たいこもち」と成(なり)、滑稽の物がたりなどして、客を慰[やぶちゃん注:ここに編者の補正割注『(め)』がある。]笑(わらひ)を賣(うる)事を、常の事とくらし、其女は、客の衣服・ゆかたなど、すゝぎ、あらふ事を業にて、諸共(もろとも)に居(をり)たりけり。

 賴母、女にいひけるは、

「今は、如ㇾ此(かくのごとき)身分に成(なり)ぬれば、是非なき次第。たがひに、徒然(つれづれ)にてあらんも、詮方なければ、實(まこと)の夫婦のかたらひを、なすべき。」

など、折々、すゝめけれど、此女、さらに承引せず。

「元來、そなた樣と實の不義ありて逐電せしにはあらざれども、時宜(じぎ)[やぶちゃん注:あの時に相応の丁度いい。]のいひわけ、立(たち)がたきによりて、かく流浪の身とは成(なり)たり。されども、彼(かの)夫、我に背(そむい)たる事なく、我も又、他心ありて夫に背たるにもあらねば、いつまでも、そなた樣とは、夫婦のかたらひは、成(なし)がたし。今にても、昔の夫、我(わが)實心(まごころ)を知りて呼(よび)かへさるゝ事もあらば、猶、立歸(たちかへ)り、逢(あひ)、そひ度(たく)思ふ故、此一事は、仰(おほせ)に、まかせず、表向計(おもてむきばかり)の夫婦の體(てい)は、いかにも、したしきさまになし給はれ。」

と、いひければ、賴母も、その詞(ことば)侵(おか)すベきかたなく、内内(ないない)は、朋友の妻のあひしらひにて、くらしける。

 かゝるほどに、入湯の客、賴母と心安き人ありて、其宿へも往來し、せんたくの事なども、其妻に賴(たのみ)などしてありけるが、一日(いちじつ)、賴母、客の旅舍へ來たる時、此客、賴母に戲(たはむ)れて、

「そちの妻は、さてさて、うつくしきもの也。羨敷(うらやましき)。」

など、いひけるに、賴母、ふと、身の上を語り出(いで)て、ありつる間違(まちがひ)より、無ㇾ據(よんどころなく)、彼(かの)女を連(つれ)て立退(たちのき)侍りしかど、かうかうのわけにて、實は、夫婦に侍らず。」

抔、女の貞節を守る物語せしに、折節、彼賴母が同僚の後妻の親類、座敷に入湯して居(をり)たるが、此物語を聞(きき)、甚(はなはだ)感心して、歸鄕の上、娘にかたりければ、娘、聞(きき)て、

「扨々(さてさて)、世間には珍敷(めづらしき)貞女も候。さほどの女を指置(さしおき)、自分(おのづと)かくてさぶらふも、本意ならず。何とぞ、もとの如く、よび歸し、そはるゝやうに致し度(たし)。乍ㇾ去(さりながら)彌(いよいよ)誠(まこと)ならんか、能々(よくよく)糺し侍りて見候半(みさふらはん)うへは。」

とて、此後妻、又、有馬へ入湯に來り、段々、手寄(たより)をもとめて、賴母が方(かた)の女に近づき、段々、懇意に成(なり)たる上、互(たがひ)に身の上の物語に及びたる風情(ふぜい)にて、女の心中を聞屆(ききとどけ)たるに、我(わが)親の物語にたがはず、今にも、もとの夫、呼(よび)かへされば、他心(ふたごころ)なきすぢを、なげきて、そひとげたきむねなれば、後妻も其心を感心して、いそぎ歸り、夫にすゝめ、呼返(よびかへ)すべき由を述(のべ)けるに、

「扨は。同僚も、左(さ)もありけること。」

と、前妻の心を感じ、やがて、呼返(よびかへ)して、元の如く、夫婦に成(なり)ぬれば、後妻は、尼に成(なり)て後園(こうゑん)[やぶちゃん注:家の後ろにある庭・畑・空き地。]に別居してありける。

 賴母も、無實の不義のそしりを雪(すゝぎ)て、その事、主人の聞(ぶん)に達し、主人、賴母をも、召歸(めしかへ)し、もとの如く、俸綠を賜(たまひ)て、仕(つか)へありけり、と人の、かたりぬ。

[やぶちゃん注:本書では特異的な長い人情話である。なかなか、いい。但し、二度の見かけ上の不始末は、少々、作り話っぽい。考えて見ると、主人公の名の「浮島」もハマり過ぎている姓ではある。]

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