譚海 卷之九 豆、相の大洋赤汐の事
[やぶちゃん注:標題は「ず(伊豆國)、さう(相摸國)の、おほなだ、あかしほ(赤潮)のこと」と読む。]
○伊豆・相模の大洋に「赤汐」といふもの、あり。ふじに、起(おこ)る。
遠くより見れば、海の色、赤く、一里ばかりつゞきて、ながるゝ。
是は、大海の潮の氣(き)の、くさりたるが、こりかたまりたるたり。
もろもろの魚、此「あかしほ」に逢(あふ)ときは、死ぬるゆゑ、磯ぎは・浦べたに遁集(にげあつま)りて、手に、とらるゝやうにあれども、人をさけて、さる事を、せず。赤汐のとほりたる跡は、海上に死(しし)たる魚、おびたゞしく、うかびてあるなり。
[やぶちゃん注:私の怪奇談の中でも、「赤潮」(古くは「苦潮(にがしほ)」とも言った。極端に酸素の少ない貧酸素水塊が海面に浮上して起こる現象。貧酸素水塊は水流の遅滞や多量の生活排水などの流入によって富栄養化した海で、海水面近くにプランクトン(鞭毛虫類・ケイ藻・ヤコウチュウなど)が短期間に爆発的に増殖し、水中の酸素が徹底的に消費されることにより、海面が赤褐色等に変わる現象。東京湾のような河川の注ぐ内湾で起こり易い。時に魚介類に大被害が発生する。魚介類の死滅は溶存酸素濃度の低下や鰓にプランクトンが詰まることによる物理的な窒息などの他、その原因プランクトン(特に有毒藻である渦鞭毛藻類などの藻類)が産生する毒素によっても起り、これらの産生する毒素は主に魚貝類(主に貝類)の体内に蓄積され、強力な魚貝毒となってそれを食べた人にも健康被害を及ぼすことがある。それは先行する「譚海 卷之一 明和七年夏秋旱幷嵯峨釋迦如來開帳の事」にも記されてある)の記載は極めて少ない。太田南畝の随筆「南畝莠言」の、下巻の「㊄海水赤色(せきしよく)に變(へんず)」と、同人の別の随筆「一話一言」をのもの引いた(但し、新字)、『柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「海水赤変」』ぐらいなものだ。而して、たまには津村を褒めたい。彼は海産生物や漁業に当時の通常人よりも遙かに関心を持っていたことが、今までの海産物の記事や、この「赤汐」の記載からも伺える。海産生物フリークの私には甚だ好ましいことである。]
« 譚海 卷之九 赤ゑひの魚針にさゝれたる治療の事 | トップページ | 譚海 卷之九 駿河富士山裾の浮田つなぎ田の事 »