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2024/02/21

譚海 卷之九 河州交野郡王仁墳の事

[やぶちゃん注:標題は「かしうかたののこほりわにのふんのこと」と読んでおく。]

 

○山城、「鳩(はと)の峯(みね)」を、西へ𢌞れば、「洞ケ峠(ほらがたうげ)」とて、則(すなはち)、山城・河内のさかひなり。此峠のあなたは、交野郡にして、やがて、「天の川」も、ほどちかし。此「天の河」、水、なくして、唯(ただ)、白き砂の、河の如くにつづきてあるが、峠より、みれば、白き水の如くみゆると云(いふ)。

[やぶちゃん注:「鳩の峯」京都府八幡市八幡大谷の岩清水八幡宮北西北直近のある男山の頂上のピークを「鳩ヶ峰」(標高百四十二・四メートル)と称する(グーグル・マップ・データ)。

「洞ケ峠」グーグル・マップ・データ航空写真で中央下。この峠は旧河内国で、現在は大阪府枚方市高野道(こうやみち)である。現在は、男山と、この峠の旧山体が殆んどごっそりと消失して宅地化されているので、「ひなたGPS」の戦後の地図をリンクさせて昔を偲ぶよすがとしておく。

『此「天の河」、水、なくして、唯、白き砂の、河の如くにつづきてある』んなわけないだろ! これは、かなり南西になるが、天野川(グーグル・マップ・データ)の川砂が白く光って見えることから、平安の昔から、この川を天上の「天の川」に擬え、「七夕」を題材にした数多くの歌が詠まれたからである。]

 其峠のふもとに、往古、三韓より來朝せし王仁(わに)の墓、有(あり)。

 大(おほい)なる石、ひとつ、白き苔を帶(おび)て、岡のうへに有(あり)。

 誠に數(す)千年のものなり。土民は「泣石(なきいし)」として、夜陰は、此邊(このあたり)、往來を恐るゝなり。

 此石、人の如く、泣(なく)事、有し由。

 幽邃の地にして、白日も、寂寞成(なる)所なり、近來(ちかごろ)、水戸光圀卿、尋ね糺し給ひて、石碑をたてられ、「王仁博士墳(わにはかせのふん)」と云(いふ)五字をゑり付(つけ)られしよし、人、漸(やうやく)に、しる事となりぬ。

[やぶちゃん注:これは私の「耳囊 卷之九 王仁石碑の事」を参照されたい。なお、光圀が調査し、石碑を建てたというのは、嘘である。旅なんか殆んどしなかった光圀が、こんなところまで出向くはずがない。「X」の眞葛原雪さんのこの投稿で、『光圀が刻んだ「王仁博士墓」の碑とは』、『交野郡津田村他の領主』であった『水戸家家臣久貝太郎兵衛正武の実子』『久貝正順 』『と光圀の『大日本史』編纂の遺志を継いだ水戸藩の誰かという意味なのだろうか?』というのが、正解だな。]

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