譚海 卷之九 同所蜑あはび取の事
[やぶちゃん注:「同所」は前話(フライング公開)の「譚海 卷九 相州三浦の蜑海中に金を得たる事」を受けたもの。]
○かづき[やぶちゃん注:潜水。]の業(なりはひ)は、城が島の蜑(あま)にこえたるはなし。それが故に城がしまの蜑を、他所(よそ)の浦にても、やとひて、渡世とする事なり。
されば、房總の浦々まで、やとはれ行(ゆき)て、かせぐ事とす。
夏より秋迄、半年を百兩、百五十兩などと定(さだめ)て、やとひ、かづきをさすれば、二、三百兩の獵(れふ)を得るにしたがひて、利分を、わかつ事とす。
城がしまの蜑は、水中にある事、たばこ、二、三ぷくのむほどありて出(いづ)るなり。息のながき事、よその蜑のたぐひにあらず。
やとはるゝ蜑は、二、三十人ほどづつ、つれ行(ゆき)て、日々、獵をするなり。
城が島にて、蜑の子の、かづきをならふに、海に入(いり)て、「あはび」、五つとりて出(いで)て父に云(いひ)けるは、
「猶、あはび、六、七つありしかども、息つぎに、先づ、出來(いでき)たり。今、行(ゆき)て、殘りを、え來(きた)るべし。」
と、いひしかば、其親、曰(いはく)、
「汝、又、ゆけりとも、『あはび』、人影を見たれば、ひとつも、あるまじ。汝、殘りのあはびをとらんとせば、五(いつつ)とるべきを、先(まづ)、四つとりて、ひとつとらん手のひまに、もちたるやすにて、あるかぎりのあはびの背を、ひとつづつ、うちて出(いづ)れば、あはび、うたれたるに恐(おそれ)て、岩に取付(とりつき)て其所(そこ)をはなれず。扨(さて)、息をつきて、行(ゆき)て見れば、『あはび』、やうやう、岩をはなれて、にげんとする所へ行(ゆき)あはするゆゑ、皆、とらるゝなり。」
と、をしへしとぞ。
[やぶちゃん注:最後の教えは、「なるほど!」と感心する。早い時は一分間に五十センチメートルセンチ以上の速度で移動出来る。アワビには眼点があり、触覚の横にある黒い点がそれであり、光を感じるだけであるが、触角が鋭敏であり、周囲の異変を、この二つの器官で感知し、岩の隙間に潜り込むから、この話は、まんざら、法螺話とは言えないと私は思うからである。貝殻の外側を損壊するほどの打撃を加えれば、逃走するよりも、引き剝されることを警戒して、岩に強く吸着して、寧ろ、暫くは、動かないと考えるからである。なお、よく描かれてある『毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 石决明雌貝(アワビノメガイ)・石决明雄貝(アワビノヲカイ) / クロアワビの個体変異の著しい二個体 或いは メガイアワビとクロアワビ 或いは メガタワビとマダカアワビ』をリンクさせておく。学名はそちらの私の注を見られたい。]
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