譚海 卷之八 上野伊香保溫泉の事 同國草津の湯
[やぶちゃん注:本文では二話は「○」で始まる独立項だが、明らかに連続物として書かれてあるので(底本も国立国会図書館本「目錄」も縦一字空けで並置されてある)、セットで電子化した。
「上野」は「かうづけ」。「伊香保溫泉」は榛名山東方の、現在の群馬県渋川市伊香保町(いかほまち)にある硫酸塩泉。ここ(グーグル・マップ・データ。以下同じ)。「草津の湯」は群馬県吾妻郡草津町(くさつまち:地元では「くさづ」と濁って読む人もいる)草津にある酸性泉・硫黄泉。ここ(右下方に榛名山と伊香保温泉を配した)。]
○上州、「伊香保の溫泉」は、山中に有(あり)、出湯、只、壹ケ所にして、其外(そのほか)に泉水、稀なれば、米をかしぎ、食物を調ずるまで、此湯の本に持運(もちはこ)びて洗(あらひ)調(てう)ずるなり。
病人、種々(しゆじゆ)の腫物(はれもの)あるものなど、入(いり)ひたり、湯にて調ずる故、けがらひ[やぶちゃん注:「汚らひ・穢らひ」。]、いとはしき事、たぐひなし。
只、壹ケ所、岩上(いはがみ)より纔(わづか)にしたゝりいづる水なり。それを大成(おほきなる)桶に、みちためて、伊香保の人家にわかち用(もちひ)て、湯にて、かしぎたる米を、たき、もちゆる事に、するなり。
魚(うを)・鰕(えび)のたぐひ、至(いたつ)て稀にして、ながく居(をる)べき地にあらず、とぞ。
○又、同國、「草津の湯」は、人家、甚(はなはだ)、おびたゞ敷(しく)、繁昌の地なり。是は、春夏の間のみ、湯屋を、かりに拵へ、病人を接待する事にて、常の住居(すまい)は、湯場(ゆば)より外(そと)の麓に、町、ありて、往來するなり。
湯の氣(き)、至(いたつ)て、はげしく、最初、一まはり入湯(にふたう)すれば、總身(さうみ)、すべて、たゞれ、そこなふなり。
第二七日(ふたなのか)[やぶちゃん注:十四日。]より、本復(ほんぷく)を得ると云(いふ)。
しかしながら、
「虛症(きよしやう)の人に、よろしからぬ湯なり。」
と云(いふ)。
「湯場、ぬす人、おほきゆゑ、初來(しよらい)の旅人あれば、その調度・金錢まで、殘(のこり)なく、湯屋主人、預り納(をさめ)て、旅人の、心(こころ)まゝに物つかひがたきゆゑ、不自由成(なる)所なり。」
と云(いふ)。
[やぶちゃん注:「虛症」「虛証」とも言う。漢方医学で、全身の体力が衰えている状態、衰弱を指す。]