譚海 卷之八 甲州除夜に菓をもよほす法幷まゆ玉の事
[やぶちゃん注:「菓」は「このみ」。「もよほす」は本文に従うなら、実のなる有用樹木に対し、脅迫を言上げし、木の精(せい)役を演じる者がいて、それに詫び言を言ったりするという芝居のようなことをすること(芝居を「催す」)を指している。「幷」は「ならびに」。
なお、この前話「同國定元村萬立寺住持旦那を取殺したる事」は既にフライング公開してある。]
○甲州にては、除夜に、栗・梨等の樹(き)の木(き)もとに行(ゆき)て、實(み)のよく成(なる)ために、樹を責(せめ)て、
「ならずば、切らん。」
と云(いふ)。その時、傍(かたはら)に詫(わびる)人、又、有(あり)て、
「いかにも能(よく)なるべきまゝ、必(かならず)、切るを、ゆるし、たべ。」
と、わぶる。
よくよく、わびさせて、怠狀(たいじやう)、乞(こひ)て、されば、其樹、年なりせず[やぶちゃん注:ママ。国立国会図書館本では『年きりせず』で、その「年」(とし)(は)伐(き)「り」(は)「せず」で意味は通る。]、每年、能(よく)みのるなり。
又、正月十四日には、座敷の眞中に、立舂(たてうす[やぶちゃん注:このうち、「うす」は珍しい底本にあるルビである。])ほどなる切かぶをすゑて、それに大成(だいなる)木のえだをたてて、だんご、あまた、枝につけて、「まゆ玉」とて、いはふ。
是、「かひこ」の能(よく)出來(いできた)る「まじなひ」なり。
[やぶちゃん注:「怠狀」古代から中世にかけて、罪や過失を犯した者が、それを認めて差し出す謝罪状。「おこたりぶみ」とも言う。
「まゆ玉」「繭玉」。正月の飾り物の一つ。桑や赤芽柏(あかめがしわ)の枝に、繭のように丸めた餠や団子を数多く附け、小正月に飾るもの。本来は、ここに出る通り、その年の繭の収穫の多いことを祈って行なったものである。後には、葉のない柳や笹竹などの枝に、餠や菓子の玉を附けたり、七宝・宝船・千両箱・鯛・大福帳などを象った縁起物の飾りを釣るしたりしたもの。現在は、神社などで売っているそれを買って、神棚や部屋・鴨居等に飾る。「なりわい木」「まゆだんご」とも呼ぶ。私が小学生だった一九六〇年代前半の家の近くの藤沢の渡内の野良を正月に歩くと、小さな祠(ほこら)の扉に、挿し掛けてあったものだ。そんな光景も総て幻影となってしまった。]
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