譚海 卷之九 勢州あけ野の神社除夜繪馬の事
○伊勢の「あけ野」といふ所に、神社一社、有(あり)。
[やぶちゃん注:「あけ野」現在の三重県伊勢市小俣町(おばたちょう)明野(あけの:グーグル・マップ・データ)。但し、現在の同地区には、神社は見当たらない。同地区の東北部は、現在、陸上自衛隊の明野駐屯地であり、「ひなたGPS」の戦前の地図で見ても、『明野ヶ原飛行場』となっているから、そこに近代以前、ここにあった神社かも知れない。]
每年、除日(ぢよじつ)に誰(た)が懸(かく)るともなく、繪馬、一つ、社頭に現ずるなり。
[やぶちゃん注:「除日」「旧年を除く日」の意で「大晦日」のこと。「除歲」とも言う。]
そのゑは、馬に、稻たば、おはせたる圖(づ)なり。
その稻、左に負(おひ)たれば、左邊(ひだりあたり)の村、明年、豐作なり。右に負たるは、右の村、豐年なり。左右に負たるをゑがきたるは、皆、豐作のしるしとす。
あらかじめ、來年の作を、うらなふに、たがふ事、なし。
此故に、除日には數(す)百人、群集して、
「繪馬の掛(かか)る時を、みん。」
と、錐(きり)をたつる地もなく、つどふ事なり。
さばかりの人、入立(いりたち)たるところなれば、いづくをわけて、繪馬、もちてくべき道もなけれど、其時に至りぬれば、自然(おのづ)と社頭に繪馬、現ずる。
「奇異の事。」
に、其國の人、かたりぬ。