譚海 卷之九 三州黑書院烏蛇の事
○三河、黑書院といふ山中に、烏蛇(からすへび)、あまた有(あり)。
「其血を取(とり)て、藥物(やくもつ)に製す。」
と、いへり。
鳥蛇の血をとるには、大成(おほきなる)桶の四邊に、小き穴を、𨻶(すきま)なく明(あけ)て、一人、桶に入(いり)て、蓋を牢(かた)く、おほひ、桶を、細引(ほそびき)の繩にて、ゆはへ、谷へ釣下(つりおろ)すなり。
桶、谷底にいたるとき、桶の内にて、笛を、數度(すど)、吹(ふく)時は、烏蛇、笛の音を聞(きき)したひて、桶の四邊に、ひまなく、數百、とりつく。其時、桶の中の穴より、針をさし出(いだし)て、鳥蛇の血を、器(うつは)に入(いる)る。
烏蛇、にげさるを待(まち)て、桶を引上ると、いへり。
[やぶちゃん注:「黑書院といふ山中」種々のフレーズで調べたが、全く不詳。
「烏蛇」これはアオダイショウ(青大将:ナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属アオダイショウ Elaphe climacophora )、及び、ナミヘビ科ナミヘビ亜科ナメラ属シマヘビ Elaphe quadrivirgata 、或いはクサリヘビ(鎖蛇)科マムシ亜科マムシ属ニホンマムシ Gloydius blomhoffii の孰れかを指す広汎な地方名である。「カラスヘビ」は文字通り、烏のように「黒い蛇」「黒く見える蛇」「暗い色をした蛇個体」を通称総称するものであり、種名ではない。なお、ヘビ亜目ナミヘビ科ナメラ属シマヘビ Elaphe quadrivirgata の黒化型(melanistic:メラニスティック)個体の別名とする記載もあるようだが、それが「四方」から「桶」に集まってくるような集団を形成するというのは、到底、考え難いので、それではない。]