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2024/02/18

譚海 卷之八 肥前長崎港幷おらんだ船の事

○肥前長崎の湊は卑地(ひち)[やぶちゃん注:低地。]にあり。山より、一坂、くだりて、平地を行(ゆく)事、しばらく有(あり)て、又、坂、有(あり)、如ㇾ此(かくのごとく)、坂をくだる事、三坂(みさか)にして、町に至る、といふ。

 湊は鷄(にはとり)の、はねを、ひろげたるごとく、丸くひらきて、其向ひ、二里、海おもてに、「ゐわうの島」あり、島の左右を船の入口とす。

[やぶちゃん注:「ゐわうの島」伊王島(グーグル・マップ・データ。以下、無指示は同じ)。現在の長崎県長崎市伊王島町。]

 島にむかひて、左右のきし、みな、絕壁にして、其うへに、西國大名、「かため」の番所とて、立(たて)つゞきて、あり。

[やぶちゃん注:「番所」この範囲内の赤いポイントが、それら。]

 湊のうちに、「おらんだ屋敷」をはじめ、「南京しちう」等の旅館、水門をかまへ、あゆみを、とりつけたるに、其國々の船を着置(つけおき)たる體(てい)、おびたゞしき事にて、中々、十艘・廿艘などの事に、あらず。いづれも船の高さ、旅館の軒(のき)とひとしく、大(おほい)なる舟の高さなり。

[やぶちゃん注:「南京しちう」不詳。識者の御教授を乞う。]

 その中に「おらんだ舟」ばかりは、すぐれて大(おほき)く獨立して、みゆるなり。

 舟の廣さ、三十四間[やぶちゃん注:六十一・八一メートル。]、高さ十六間[やぶちゃん注:二十九・〇八メートル。]あり。

 船の内に「かびたん」をはじめ、部屋々々、有(あり)て、一段、くだりて、臺所なり。又、一段、くだりて、料理する人の居(を)る所、有(あり)。それより又、一段、くだり、牛・羊など、飼(かひ)ておく所、有(あり)。厩(うまや)のごとし。

 船の造(つくり)は「軍配うちは」のかたちのごとく、入口、せまく、中、廣く、船底は狹(せば)し。至て狹(せばき)所、わたり九間[やぶちゃん注:十六・三六メートル。]あり、とぞ。

 「おらんだ」[やぶちゃん注:オランダ船。]、海上にみゆるより、遠目鏡(とほめがね)にて、日々、うかゞひ居(をり)て、「いわうが島」へ近づく比(ころ)、長崎役人、支度して、船を、こぎいだし、おなじく、むかへの舟、三百そう、いだすなり。

 扨(さて)、「いわうが島」へ乘入(のりいる)とき、むかひの舟、百五十艘づつ、二行(にぎやう)に櫓(ろ)をたてて、繩、二筋(ふたすぢ)にて、「おらんだ舟」を、湊へ、引入(ひきいる)る。

 左右、三百艘の舟にて引(ひけ)ども、中々、うごくやうもなく、

「そろそろ」

と、舟、ひかれて、やうやく、時を移(うつり)て、島のこなたへ、舟、入(いる)時、大通詞(だいつうじ)をはじめ、役人、段々、舟へ、のりうつりて、「かびたん」をはじめ、殘らず、「おらんだ人」の懷中までを探見(さぐりみ)て、

「ぬけ荷(に)などの用意、なきや。」

と吟味、濟(すみ)て、そののち、船のうちの荷物をはじめ、上下(うへした)、人數(にんず)幾人(いくにん)といふ事を、微細に記すること、四通(よんつう)なり。

 壹通(いつつう)は直(ただち)に江戶へ奉る。一通は控(ひかへ)となし、一通は長崎奉行所へ納置(をさめおき)、一通は長崎町のもの、御用に拘合(かかはりあひ)たるものへ、渡さる。

 役人、「おらんだ舟」へ乘(のり)うつるとき、はしごを、かけて、のぼる。はしごの長さ、凡(およそ)、九間、有(あり)といふ。直(ちよく)にして、下より見あぐるに、中々、のぼるべきやうにも、みえず。はしごの左右に、上より、太く、ながき繩を、二筋、さげて有(あり)、「梔子(くちなし)」と云(いふ)木の皮を、いとに、よりて、なひたる赤き繩なり。此繩を「まだろす」と云(いふ)もの、なふことなり。三十年もかゝりて、一筋、なひ出(いだ)すと云(いふ)。此繩に取付(とりつけ)て、のぼりくだり、するなり。手にて、繩をとらへたる心持(こころもち)、柔軟にして、たとへんかたなく、心能(こころよき)ものなり。本邦に、かやうなる繩、なきゆゑ、はじめて手にふるるものは、

『奇妙成(なる)事。』

に思ふなり。

[やぶちゃん注:「梔子」リンドウ目アカネ科サンタンカ亜科クチナシ連クチナシ属クチナシ Gardenia jasminoides だが、ほんまかいな?

「まだろす」マドロス(オランダ語:matroos)。「水夫・船乗り・船員」。]

 扨、のぼりはつれば、「くるす」と「まだるす」といふ物、二人(ふたり)有(あり)て、其人の手を、とらへて、舟へ引入(ひきい)る。舟の内にも、はしご、有(あり)て、くだるやうにして有(あり)。

[やぶちゃん注:「くるす」後で「黒人」のことと出る。

「まだるす」「まだらす」に同じか。]

 扨、「役人あらため」過(すぎ)て鉦(かね)をならせば、むかへの舟、ちりぢりに成(なり)て、いそぎ、陸へ、にげ歸る。

 其のち、「おらんだ人」、和語にて、

「打(うち)ます、打ます、」

といふ事を、數度(すど)、舟の内を、いひあるく。

 其時、やく人、みなみな、緖(つなぎもの)にて、腹を、いくへにも、いくへにも、力(ちから)のあるかぎりを、いだして、卷(まき)て、耳にも、紙など、入(いれ)、ふさぎて、床几(しやうぎ)にかゝりて居(をる)とき、石火矢(いしびや)に、火をかけて、からうちにするなり。

[やぶちゃん注:「石火矢」ここでは、オランダ船の装備する鉄製の大砲を指している。]

 其ひゞき、思ひしよりは、舟の内にては、すさまじからず、やゝ久しくふるひ響(ひびき)て、そのひゞきにつけて、

「ゆるゆる」

と、舟、うごき出(いで)て湊へ入(いり)、ひとうちに、舟のゆく事、十町[やぶちゃん注:一キロメートル強。]ばかり、凡(およそ)、石火矢をはなつ事、五度(ごたび)にして、はじめて、湊へ入終(いりをは)る。外(ほか)の異國舟(いこくぶね)は、その水門際(すいもんぎは)に着(つき)てあれども、「おらんだ舟」は大(おほい)なるゆゑ、旅館の水門ぎはまで、乘入(のりいる)事、かなはず、三、四間[やぶちゃん注:五・四五~七・二七メートル。]、へだゝりて、水中に有(あり)。其間(そのあひだ)のゆききは、「はし舟」にて行(ゆく)事なり。

 石火矢を、はなつに、みなとへ入(いる)ときは、筒口を、跡の島の岩根へ向けて、うつ也。

 陸にては、誠にすさまじき音にて、釜も、鍋も、ふるひ、さくるごとし。

 石火矢をうつ島の邊(あたり)の人は、兼てにげ避(さけ)て、其日は、島にゐぬやうにするなり。

 はじめ、「いわう島」ヘむかへに行(ゆき)て、「おらんだ舟」をみかけたるときは、其大成(おほいなる)事、ひとへに、山嶽のごとく、立(たち)むかひたるところ、何にたとへんものもなく、大造(たいさう)なる物なり。

 「おらんだ舟」のみよし[やぶちゃん注:舳先(へさき)。]に、大成(おほいなる)獅子の形したる頭(かしら)・面(おもて)も、わかち兼たる物、あり。そのまへを過(すぐ)る時は、蘭人、皆、再拜稽首(けいしゆ)[やぶちゃん注:うやうやしく礼をすること。]して過(すぎ)る。火急のやうありても、敢て、失禮すること、なし。是は和蘭國の始組成(なる)由、國王といへども、敬して怠惰する事なし、とぞ。

[やぶちゃん注:「大成獅子の形したる頭・面も、わかち兼たる物」ウィキの「オランダ王国」の国章の画像をリンクさせておく。そこでは、左右と中央に獅子三体が描かれてある。]

 「くるす」は、則(すなはち)、「くろん坊」と云(いふ)ものなり。輕捷成(なる)こと、鳥のごとく、數(す)十丈高き帆樓の上に、幾人も、坐して有(あり)。鳥のとまりて居(ゐ)るがごとく、下よりのぞめば、其形、わかちがたけれども、帆柱の繩を、のぼりくだりする事、猿のごとく、身のかろき事、いふばかりなし。

 帆は、大小いくらと云(いふ)數(かず)もしらずあれども、第一の大成(おほいなる)帆柱、舟のしき[やぶちゃん注:「敷」で「甲板・デッキ」の意であろう。]より、五十間[やぶちゃん注:約九十一メートル。]ほどあり。其綱のふとさ、二尺廻りよも有(あり)。その綱に、下より、上迄、木を「はしご」の如く付置(つけおき)て、「くるす」、それをふみて、おりのぼりするなり。數十丈の帆綱の上は、手をつけずして、はしり上り、何やらん、

「がやがや」

と、いへば、其詞(そのことば)につけて、「まだらす」、下にて、帆綱を、あやとり[やぶちゃん注:操って取り。]、帆柱を引(ひき)なをす。

 柱も、ふとく、綱も太ければ、皆、「くるゝ」[やぶちゃん注:「樞」。「くろろ」とも言う。ここは滑車システムを言っている。]にて取扱(とりあつかふ)なり。是を役するは「まだるす」なり。「まだるす」は、力、ありて、「くるる」の如きものを、自由にとりあつかへども、「くろす」の如く、身のかろき事は、あたはず。「くるす」は敏捷なれども、「まだるす」のごとく、ちからある事、なし。何(いづれ)も眉[やぶちゃん注:底本では、右に補正注があり、『(め)』とある。]じり、さけて、靑く、まぶち、うるしをさしたるごとく、總身(さうみ)の色は、薄墨のごとし。

 「おらんだ人」、一艘に、每年、百人餘(あまり)づつ乘來(のりきた)るなり。

 「おらんだ舟」のへりに、「たがやさん」にて、こしらへたる角物(かどもの)の木口(こぐち)、三尺四方ほどあるもの、數(す)十本、舟より四間ほどづつ、さし出(いで)て有(あり)。是は、いかりの綱を、是にかけて、あげさげする爲の木なり。外(ほか)の木にて造りては、碇(いかり)の綱に、すれあひて、火を出(いだ)し燒(やく)るなり。「たがやさん」ばかりは、火の出(いづ)る事なき故、是をもちゆる、と云(いふ)。

[やぶちゃん注:「たがやさん」マメ目ジャケツイバラ科センナ属タガヤサン Senna siamea のこと。東南アジア原産で、本邦では唐木の代表的な銘木として珍重された。材質が非常に硬く、耐久性があるが、加工は難。柾目として使用する際には独特の美しい木目が見られる。]

 「おらんだ舟」、大體、用らるゝ事、三百年ばかりなり。それを過(すぎ)ては朽(くち)て用にたゝず。舟壹艘を、こしらふる價(あたひ)を「おらんだ人」に問(とひ)しに、

「日本の金にて、八十萬兩ほどの費(つひへ)、かゝるもの。」

といへり、とぞ。

 又、舟底に風穴(かざあな)を付(つけ)て、舟中の荷物の、くされざるやうにせしなり。又、その風を拔(ぬく)穴もあり。穴の口、幾へにも、まがりまがり、風の出入(でいり)するやうに、こしらへたる物なり。

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