譚海 卷之十一 關帝能書の事
○關帝も能書の中の人也。「朱竹」と云(いふ)畫(ゑ)も、關帝の書(かき)はじめられたる由を云へり。
此邦にても、狩野永眞が「赤茄子」と稱するは、朱にて、茄子を書たる物にて、甚(はなはだ)珍重すべき物也。
[やぶちゃん注:「關帝」ここは、後漢末期に劉備に仕えた武将の関羽のこと。
「狩野永眞」狩野派(江戸狩野)の絵師狩野安信(慶長一八(一六一四)年~貞享二(一六八五)年)の号。狩野孝信の三男で、探幽・尚信の弟。狩野宗家の中橋狩野家の祖。英一蝶は弟子に当たる。]
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○關帝も能書の中の人也。「朱竹」と云(いふ)畫(ゑ)も、關帝の書(かき)はじめられたる由を云へり。
此邦にても、狩野永眞が「赤茄子」と稱するは、朱にて、茄子を書たる物にて、甚(はなはだ)珍重すべき物也。
[やぶちゃん注:「關帝」ここは、後漢末期に劉備に仕えた武将の関羽のこと。
「狩野永眞」狩野派(江戸狩野)の絵師狩野安信(慶長一八(一六一四)年~貞享二(一六八五)年)の号。狩野孝信の三男で、探幽・尚信の弟。狩野宗家の中橋狩野家の祖。英一蝶は弟子に当たる。]