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2024/03/29

南方熊楠「赤沼の鴛鴦」(正規表現版・オリジナル注附き)

[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館デジタルコレクションの『南方熊楠全集』「第七卷文集Ⅲ」(渋沢敬三編・一九五二年乾元社刊・正字正仮名)の当該部を視認した。同書では、「動物隨筆」という「大標題」の下に短い動物関連の論考が、古いものから新しいものまで、集められた中に含まれているが、これは編者による便宜上の仕儀であると考える。]

 

       赤 沼 の 鴛 鴦

 

 此話し著聞集に陸奥の赤沼と有るが、沙石集には下野の阿曾沼で有つた事として居る。是等よりも古く書かれた今昔物語には、京都の美々度呂池で雄鴨を射殺して持歸ると、雌鴨が慕ひ來りしを見付けて其人出家した記事有りて、鳥が歌詠んだ由は更に見えぬ。支那にも元魏の顯宗が鴛鴦の雄を獲しに雌が悲鳴して去ざるを見、鷹を飼ふを禁じたと云ふ(淵濫類凾[やぶちゃん注:ママ。「淵鑑類函」が正しい。誤植であろう。]四二六)。琅琊代醉篇三八に、明の成化六年十月淮安の漁人鴛鴦の雄を烹るに雌戀々飛鳴し沸湯中に投死す、漁入其意を悲しみ、羹を捨てゝ食はず、人之れを烈鴛といふと、双槐歲抄から引いて其著考の詠んだ詩をも出し居る。欧洲でも似た譚有り。十七世紀の初め頃、英國ヰンゾル邊の天鵝、其雌が他の雄と狎れ親しむを見、先づ姦夫を追ひ尋ねて、之れを殺し、還つて又其雌を殺したとハズリットのフェース・エンド・フォークロール二卷五七六頁に出づ。

(大正八、四、一、日本及日本人、七五三)

[やぶちゃん注:この話、「小泉八雲 をしどり (田部隆次訳) 附・原拠及び類話二種」(八雲が原拠としたのは、「古今著聞集」に載るもの)で、詳細なオリジナル注を附してあり、そこで「古今著聞集」だけでなく、「今昔物語集」・「沙石集」の当該類話も完全電子化してあるので、是非、見られたい。

「淵鑑類函」清の康熙帝の勅により張英・王士禎らが完成した類書(百科事典)。全四百五十巻。一七一〇年成立。南方熊楠御用達の書。当該部は「漢籍リポジトリ」のこちらのページのガイド・ナンバー[431-30a]から[431-31b]までで、テクスト化されてあり、原影印本も視認出来る。

「琅琊代醉篇」明の張鼎思(ていし)が、さまざまな漢籍から文章を集めて編纂した類書(百科事典)。一五九七年序。全四十巻。延宝三(一六七五)年に和刻され、曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」(文化一一(一八一四)年初編刊)を始め、複数の浮世草子等が素材として利用している。早稲田大学図書館「古典総合データベース」のこちらで版本の当該部「貞燕烈鴛」が、ここと、ここと、ここで視認出来る。

「成化六年」一四七〇年。

「ヰンゾル」“Windsor”。ウィンザー。ロンドンのすぐ西側のイングランド南東部に位置する、テムズ川沿いの町。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「天鵝」(てんが)はハクチョウの異名。

「ハズリットのフェース・エンド・フォークロール」イギリスの弁護士・書誌学者・作家ウィリアム・カルー・ハズリット(William Carew Hazlitt 一八三四年~一九一三年)著の‘ Faiths and Folklore(「信仰と民俗学」)。「Internet archive」のこちらで、同原本の当該部が視認出来る。左パートの十七行目からの段落である。

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