譚 海 卷之十三 信州そば切の事 宵のそば切翌朝つかふ事 そば切滿腹の事
○信州、「冰(こほり)そば」といふ有(あり)。うちあげて、其國(そのくに)にて、冰らせたるもの也。用(もちひ)んとするとき、あつき湯をかけて、「ふた」ある物に入(いれ)、しばし置(おく)ときは、うであげたるそばのごとくになる也。
[やぶちゃん注:「冰そば」「氷蕎麥・凍蕎麥」。茹で上げた蕎麦を冷水に曝(さら)し、寒夜に凍結した後、約一ヶ月、乾燥させた蕎麦。長野県上水内郡(かみみのちぐん)柏原(かしわばら)地方(グーグル・マップ・データ)の名産。私は食べたことがない。]
○宵に拵へたるそばを、翌朝、くふ時は、そばを水能(すいのう)に入(いれ)て、そばへ、あつき茶を、二、三ばい、かけて、水能を、ぬり盆へ、のせ、同じものにて、ふたをして、しばらく置(おい)て用(もちふ)れば、昨日の調味に、まさるもの也。
[やぶちゃん注:「水能」「水囊」。濾(こ)し器の一種で、曲げ物の底部に、馬の尾の毛や金属などの細かい網を張ったもの。「裏ごし」に似るが、「すいのう」は網の側を下にして、出汁(だし)や煮汁・寒天液などを、濾したりするのに用いる。茹でた麺類を掬って、湯切りするのに用いる、卵形の網に長い柄の付いたものをいうこともあり、ここは後者。]
○蕎妄切にて滿腹せしには、「しぶ木」といふものを、少し、かむべし。立どころに、腹、へるなり。しぶ木、藥店(くすりみせ)に有(あり)。
[やぶちゃん注:「しぶ木」ブナ目ヤマモモ科ヤマモモ属ヤマモモ Morella rubra の異名。翠嵐の校門向きの教室の軒に多量に落ちて、発酵して、酒臭くなっていたのを思い出すなぁ、教え子諸君……]
« 譚 海 卷之十三 衣裳に鐵のさび付たるを落す方の事 米櫃へ蟲を生ぜざる方の事 掘井の水あしきを飮食につかふ事 鷄卵ぬかみそづけにする事 魚肉みそづけにする事 かいわりなぬかみそづけにする事 さしさば魚たくはへやうの事 靑梅の實をたくはふる事 大根ふろふき鹽梅仕やうの事 淺草海苔たくはへやうの事 澀柿をみそづけにする事 鴨味噌の事 燒鮒かつほぶしにかふる事 鷄肉みそ漬の事 燒松茸の事 玉子葛かけ製しやうの事 | トップページ | 譚 海 卷之十三 鰹にゑひたるをさます方の事 しゞみ土をさる事 鯛はんぺんの製法の事 鮹魚やはらかくにる事 »